第4話 別に危なくなくない?
「え? グランドホテル? なんでカプセルじゃないの? カプセルがいいよ」
ここは、わがままを言うくるみを大人の意見で跳ね付けなければ。
「駄目だ。今回は、警視総監からのプライベートの依頼だ。だから、俺にはくるみの安全を守る義務がある」
「別に危なくなくない? じゃあなんでこないだはカプセルだったの? 楽しかったのに」
「あれは、諸事情によるものだ。しかも、ホテル側にもきちんと警察だと言う事を明かした上での宿泊で、女性専用フロアへの不審客の出入り等、しっかりと対応して欲しいと、伝えた上での宿泊だ」
「お金の都合じゃん。 それにホテル側だって、不審者がいる様な前提でしっかり対応して欲しいなんて、気分悪かったはずだよ? 立場を振りかざしてマウントとっただけじゃんか」
「……と、とにかく、セキュリティのしっかりしたグランドホテルに宿泊だ。ちなみに部屋は隣同士だから、何かあればすぐ対応出来るから安心しろ」
「それが一番不安じゃん。大事な所で役にたたないよ春男は。あっ! 立たないだって! アハハハ!」
「…………」
くるみさん? 俺も拒食症になっても構わないか?
きりたんぽ鍋屋にて、十万円チャージ済のpaypayが、レジ未対応で使用出来なかったと言う事前調査不足を露呈した俺は、隣のコンビニに走り、ATMで引き出しを済ませ、現金にて会計。
宿泊先のグランドホテルにチェックインを済ませる為に、入口でくるみと対峙していた。
「チェックイン済ませたら、病院に行くの?」
「ああ。警視総監に、担当医から話を聞く手配をしてもらっている」
「わかった。いってらっしゃい」
「は? くるみ、お前も一緒に行くんだ」
「私はいいよ。色々調べるから。春男が話を聞いてきてよ」
「駄目だ。お前を一人には出来ない」
「なんの為の高セキュリティホテルなの? 一歩も外には出ないから大丈夫だよ。そう言うセリフを女の人に振りかざしていたら、独身じゃなかったのにね。残念だね。春男は」
俺はその後『いかなる事があっても部屋から出ません』と言う旨の簡易念書を強制的にくるみに書かせ、一人で病院に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは大学病院であった。
受付のお姉さんに、東京から来たと愛想を振り撒くも一蹴され、応接室に通された。
そこにはかなり若い女医が待っていた。
「徳川様お待ちしてました。長野様からお聞きしています」
長野とは警視総監の事。
「恐れ入ります。なにぶん、あまり表沙汰には出来ない案件でして、私もお忍びでやって来た次第です」
一通りの挨拶、自己紹介を済ませ本題に入る。
「現在のさおりさんは?」
「はい。明後日に入院する予定になっています。本来であればすぐにでも入院しなければならない容体なのですが、さおりさんの説得に時間がかかってしまいました。医療保護入院と言う形で強制的にとも考えましたが、まずは本人の意思を尊重させて頂きました」
「なるほど、明後日ですね。それで……さおりさんが拒食症になった原因なのですが、私が資料を拝見させて頂いた所、部活中に鏡を見て他の子より少し太ってると感じた事がきっかけだったとの事で間違いありませんか?」
「はい、そうです」
「ですが、念願の進学校への入学、自分で決めたダンス部での充実した毎日、友人関係も問題なく、異性間トラブルもない彼女がなぜ? と言う気持ちが正直あります。だから、表面化していないいじめとかトラブルがあったのかと懸念しております。その辺りはどうなんでしょうか?」
「徳川様の仰る事も、ごもっともでございます。ですが、さおりさんは様々なストレスを抱えている事がカウンセリングを通して少しづつわかっております」
「ストレス?」
「はい。まずはさおりさんは、俗に言う優等生タイプの女の子です」
「はい」
(くるみの先生も、優等生タイプは拒食症になりやすいと言ってたらしいな)
「ですから、こういった子はストレスに弱く自らストレスを大きくしてしまうので、拒食症に陥りやすいのです」
「どう言う事でしょうか?」
「はい。実は優等生タイプの子供は特に母親や周囲の人の意向や評価を気にして行動をする事が多く、自分の欲求を抑えこんでいます。そしてその事がストレスをより多く感じる原因となっているのです」
「…………」
特に思春期を迎えると、進学や恋愛、友人関係など、様々な事を自分で決めなければいけない。それは俺もはるか昔だが経験済みだ。
優等生タイプの子は、幼少期から親が喜ぶ事、親から褒めてもらえる事を価値判断の基準として生きて来た場合が多いと言う。
その結果、本当に欲しいものや本当にやりたい事がわからなくなってしまうケースがある。
そして、いざ思春期になり「自分で物事を決められない事」に、ふと気付き、悩む様になると言う。
さおりさんのストレスは以下の内容だった。
◯第一志望の進学校に入学した。だが、それは母親の希望でもあった。そして、いざ入学すると成績はクラスの中程度になった。
その事は、中学生時代は常に学年トップクラスであったさおりさんにとって、親や周囲から「評価されていないのでは?」と言う劣等感と焦りを抱かせる事になった。
◯ダンス部に関しても、友人の強い勧めであった。更に成績について思い悩み、ダンス部をやめて勉強に専念するか? と言う葛藤。
◯クラスメートから交際を申し込まれたが、その返事をどうするか? 決められなかった。
「さおりさんは、これらの自分で決めなければいけない事に、次々と直面していき、思い悩んでいたのです」
「なるほど」
俺は正直、些細な悩みだと感じた。
何事においても自分で決められない性格のさおりさんは、いつまでも結論が出せずにストレスを大きくしていったと、担当女医から説明があった。
その後、担当女医の患者の急な来院により、話はここまでで終わった。
いじめなどの被害、第三者から脅迫を受けている――など、立件が必要な事項はなかった。
これ以上は俺が介入する問題ではない。
警視総監に現状の報告を行い、帰郷する事になるか?
だが、会った事もないさおりさんに対して、情が芽生えたのも事実だ。
しかし、何も出来ない。
パンパカパーン!
くるみからメールが来た。
マナーモードにしてなかったな。
危ない危ない。こんなふざけたメール着信音が病院で流れたら、末代までの恥だ。
【帰りにA3用紙の絵が収まる額縁をホームセンターで買って来て。A3だよ。間違えないでね。あと、マックのコーラとハッピーセット。おもちゃは④番で】
「…………」
とりあえず戻ってくるみに話さなくては。
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