第5話 精神科医の熊本眠子さん
「私も聞いたの。春男はどうせ、さおりさんのストレスを、些細な悩みだと思ってるんでしょって。そしたら案の定――」
「やっぱりね〜アハハハ! 警視さんは女心がわかってないわね」
「そうなの。でも、わかってないのは女心だけじゃないよ。そもそも色々な事件の犯人の事だって、何にもわかってないんだもん」
「そうなの?」
「こないだの立て篭もり事件の時は酷かったよ」
「そもそも刑事さんとして問題あるのかな?」
「そだよ。駄目駄目だよ。春男は」
「…………」
(おいおい君達? いくら俺が百戦錬磨の泣く子も黙る鬼警視、徳川春男でもそろそろ心が折れるぞ?)
大学病院の帰り道、くるみの指示でホームセンターとマックに寄り道をしてホテルのくるみが待つ部屋に戻った俺は、突然の来訪者とくるみの二名が繰り広げる俺への悪態に絶句している所だ。
「お医者さんは何歳なの?」
「眠子でいいよ。熊本眠子。27歳。青森さんは?」
「私もくるみでいいよ。でも私、ネゴシエーターだから個人情報に関する事は秘密」
「そっか〜。なんか謎の女って感じだね! ダメ川ダメ男さん45歳独身、趣味はポイントアプリ、略してポイ活。好きな食べ物はバターロール、嫌いな物は注射――聞いても時間の無駄なプライベートの警視さんとは違うわね。 ウフフフ!」
「…………」
(なんなんだこいつは?)
来訪者はなんと大学病院の女医だった。
急患の為に話半ばで会話を終了したが、高速を超える光速にて対応完了。警視総監が手配した、俺達の宿泊先を確認して、俺より15分ほど早く押しかけたと言う訳だ。
そんでもって、話が脱線して、くるみと女医が今回の話……で盛り上がっているとの事だった。
「じゃあ、そろそろおフザケもここまでにして、さおりさんの報告の続きいいかしら? ネゴシエーターくるみちゃん、ダメ川ダメ男さん?」
「あ、うん。眠子、お願い」
「……あ、ああ、お願いします。熊本さん……」
(お前は小学生か? くるみも若干引いてるな)
熊本医師の眼光が途端に鋭くなる。
その眼光で俺とくるみを交互に見ている。一応、医者の眼だ。
「さおりさんが、何事も自分で決められない性格、優等生タイプと言うのは説明したけど、もう一つさおりさんの家庭には拒食症患者に多い、該当するタイプがあるんです」
「うん」
「はい」
「それは、幼い頃にお母さんが情緒応答性を発揮出来ない環境にいた為に、さおりさんは、無条件に母親に甘えきれなかったのです」
情緒応答性とは、乳幼児が表現する情緒的な信号。それは例えば、子供が今何を考えているのか? を母親が読み取り、適切に答えてあげる事だ。
「わかりやすく言うと、初めて保育園に行く事になった子供が「お母さん、私がいなくなると寂しいでしょ? だからぬいぐるみ置いとくね」と話した。子供の本意はわかりますか? ダメ川警視?」
「え? あ、その……子供はお母さんが寂しくないようにと気を使ってるから、あなたは優しいねと言って欲しい――みたいな感じだろうか?」
「春男。違うよ。本当に寂しいのは子供だと言う事だよ」
「そう。ネゴシエーターくるみちゃんの言う通りよ。こう言った些細な事だけど、母親が適切に対応出来ないと、子供は母親から愛されていないと感じる場合があります。この状態が子供からしてみれば大きなストレスになってしまいます。つまり、無条件に母親に甘えきれない子供は、お手伝いに積極的になったり、肩叩きをしたり、必死になって愛情を得ようとする――」
「眠子。春男には難しいから、代わりにわかりやすく言うね。要は、単純に母親が喜ぶ事、母親に褒めてもらえる行動を取る様になるんだよ。そしたら母親はどう思うと思う? 春男?」
「…………」
「手の掛からない良い子――すなわち、それが優等生タイプだよ。わかった?」
「……な、なるほど。良くわかったぞ」
「つまり、まとめるとこうです。さおりさんは、自分で決める事が出来なかった――母親に甘えきれない――そして、自分自身は思春期の為に様々な葛藤にも苦しめられながら、無茶なダイエットをして、麻薬の様なダイエットハイ状態による高揚感を得ていた。これがさおりさんが拒食症に陥った過程です」
「…………」
「春男、カレン・カーペンターさんが拒食症になった理由が以下の様に考えられるの」
①自分で決める事が出来なかった。
カレンさんは、周囲の人々――とりわけ、母親の顔色を伺いながら生活をしていた。
実際売れてからも、母親の望み通りに一緒に暮らしていた。恋人を選ぶのにも母親の忠告を聞いていた。
24歳になり、一人暮らしをしたいと打ち明けるも猛反対にあい、私を裏切るの? と言われて諦めた。
②母からの愛情を感じ取れていなかった。
カーペンター家では、音楽に関しては神童とまで呼ばれた兄のリチャードが家族の中心だった。母親の関心が兄に向けられる中、カレンさんに取って母親は「自分が手をわずらわしてはいけない相手」となり、甘えられなかった。それを示す通り、カレンさんは拒食症のカウンセリングを母親と受けている際に「私のお母さんになってよ」と叫んだと言われている。
「…………さおりさんと共通する点がありそうだな……」
「うん。だから、さおりさんの事はなんか気になるんだよね」
「……くるみの気持ちはわかる。だが、会った事もない赤の他人の俺達にはどうも出来ない……あとは、熊本さんに任せよう、くるみ」
「え? やだよ。せっかく秋田まで来たのに」
「ダメ川警視。くるみちゃんの知恵を少しお借りしてもいいでしょうか? 歳も近い、彼女にカウンセリングをお願いしたいです。実際、私も対応しましたが入院の説得まで時間を要しました。だからぜひお願いします。つまり今回、ダメ川さんの出番はないと言う事になりますが」
「…………」
「あ! 思い出した。春男、額縁買って来た?」
「ああ。これだ」
「ありが……あれ? これB3サイズじゃん。何やってんの、春男?」
「え? 俺は店員に聞いた――」
「なんでいつも春男は人任せなの? ちゃんと書いてあるじゃん。サイズB3って。だから駄目駄目なんだよ。眠子、わかったでしょ? 春男はいつもこうなんだよ」
「ダメ川警視、あなたも愛に飢えているのですか?」
「…………」
まとめて突っ込もう。
お前は二重人格か? あなたは本当に精神科医か? おふざけが過ぎないか? 勝手に子供みたいな、あだ名で呼ぶのはやめてくれないか? 出番がないと言い切るのはやめてくれないか? まさか、この作品のレギュラーメンバーにはならないよな?
勘弁してくれ。
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