第9話 Let's sing!!!
ゲーセンで遊び終えた俺たちは、フードコートにある某ハンバーガー店でセットを頼んだ。
要らぬ争いを避けるため、具体名は言わないでおく。
女子と二人で出かけてジャンクフードとかマジかよ、とツッコまれそうだが、白椿側の提案なので問題ない。
「先輩、今日楽しいですか?」
今の俺には簡単な質問だ。自分の言いたいことに嘘をつくのはやめたのだから。
「めちゃくちゃ楽しい。こうやって何も考えないで遊ぶともいいと思う」
「よかったです」
「まあ嘘つく必要ないしな」
「じゃあ、次はカラオケに行きましょうか」
俺、歌えないんだけど……
===
「さて、いきますか」
白椿が初めに入れた曲は世間で流行りっているらしいいかにもポップな曲だ。
まあ、それ自体に意外性は無い。
けど、白椿は兎に角歌がめちゃくちゃ上手かった。
音程が合っているのもそうだが、自分の声の活かし方を分かってると言うか、ちゃんと感情を込めた歌い方をしている上で、彼女が歌うと曲が映える感じがあるのだ。
「上手すぎないか?」
「別にそんなことないですって」
とは言っても褒められた彼女の顔は露骨に嬉しそうだ。
「次も白椿が歌わないか?」
「ん? 先輩も歌っていいですよ?」
「流行りの歌とか知らないし……」
「大丈夫ですよ。先輩がオタクなことなんて分かってますし、何なら電波ソングでもいいくらいですよ?」
「それは遠慮しておく」
まあ、せっかくだしやるか。
俺が入れたのは無難に人気アニメのOP曲だ。
オタクはカラオケのレパートリーがアニソンとボカロしかない、みたいなとこがあるので、最近の有名アーティストがアニソンを歌う流れには助けられている。
イントロが流れ出す。
俺が歌い始めると、期待に満ちた白椿の眼が明らかに変わった。
「うわ、先輩やば……」
彼女はドン引きと言った表情で俺を見ていた。
多分、あまり上手く歌えていないのだろう、けど、最後まで歌い抜かねば無作法というのもである。
さて「革命」起こすか……
恥を捨てろ。
俺のままで、世界を獲るくらいの気持ちで歌うのだ!!!
サビに入る、ここからが本当のリベンジだ。
曲が終わった。
「やばいですね。ほんとに気になるんですけど何でそんなに音痴なんですか?」
「今日ちょっと酷くない?」
「ゲーセンと言い、今回と言い、マジで色々やばいですし……」
「なんか褒めるとことかない?」
「ありますよ。先輩は頑張ってましたね」
運動会でビリだった子どもに親がかける台詞の定番やめろ。余計傷つくからさ……
「でも本気で思いますよ。先輩、ずっと全力で歌ってましたし」
「でも、白椿の方が上手いだろ」
「まあ確かに先輩はとんでもない音痴ですよ? でも私はただ、普通に歌って高得点が取れたってだけですよ。最後まで楽しんで歌い切ろうとした、それって凄いことだと思います」
馬鹿にするなと返そうとしたが、彼女の眼を見ると本気で言っていることが分かった。
「……ありがとうな」
「ですから、さっきは色々言いましたけど大丈夫です。先輩、次の曲、一緒に歌いませんか?」
白椿は少し笑って俺に視線を向けた。
申し訳なさもあるが、断るのも忍びない。
「ああ」
白椿が次に入れた曲は男女二人歌唱のアニソン。イントロが流れる中、彼女は俺にマイクを差し出す。
「さて、いきましょうか」
それから俺たちは、ちぐはぐな歌声を狭いカラオケボックスに響かせた。
そしていつもみたいに笑い合って、からかい合った。
それでいいと思えた。
彼女といること、それが今の俺には何よりの幸せなのだ。
===
カラオケを出ると、まださほど遅い時間じゃないのに夕陽が出ている。
「楽しかったですね! 先輩ずっと下手でしたけど」
「うるさいな」
「ふふ、すみません」
ちょうど一呼吸分の静寂があった。
けど、体感としてのそれは、ずっと重く、長く感じられる。
白椿が再び口を開いた。
「先輩、私は、いつか私自身と、先輩と向き合わなきゃいけない時が来ると思います」
「何の話だ?」
「私の個人的な話です。それでですね、その時に先輩はずるい私を知っても、私を見捨てないでいてくれますか?」
白椿は不安げに瞳を揺らしながら、何かに縋るような、何かを祈るような視線を向け、そう俺に聞いた。
少し前までの俺なら、その抽象的な質問に、分からないと誤魔化していただろう。けど今は違う。
白椿が何を抱えていようと、一緒にいたいと思えるから。
「ああ」
「ありがとうございます。その時は、先輩のことも、色々教えてくださいね」
夕凪の中、はにかむ彼女の長い髪が風に揺れている。
そうだ、今はまだ曖昧だ。今はまだそれでいい。
けど、俺も彼女も、いずれは自分と向き合わないといけない時は来る。いつかは分からないけどきっと近いうちに。
白椿茜という人を俺は知りたい。そんな思いをより強めた帰路だった。
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