第7話 ありがとう

「肉じゃが、すごく美味しかったです! 真木先輩にも天賦の才があったんですね!」

「それは流石に言い過ぎだ。てか少しは自炊しろ」

「普通にむりです!」


 白椿の家の冷凍庫の野菜室にはあたかも当然の様に何も入っていなかった。


 まあ冷凍食品のパスタや弁当は馬鹿みたいに入っていたが。


 どうしようもないので最寄りのスーパーで2人前の肉じゃがを材料をかき集めてサッと作ったという訳である。


 本当はもう少し凝ったものを作りたかったけど、余りにも材料が無かったし、早く何かお腹に入れたかったので仕方ない。


 食べ終わると、片付けを手早く済ませる。余ってしまった材料は白椿に渡しても持て余すだけだろうし、俺が持ち帰るとしよう。


「こういう俺も肉じゃがでごめんな。次の機会があったらもっとちゃんと作るから」

「え、次があるんですか?」


 目をキラキラさせてそういう白椿を見ると、可愛いと思うと同時に、俺も何か気の利いた事を言わなければと思ってしまう。


「次もその次も、きっとあるだろ」

「そうですか。先輩からそう言ってくれてなんだか嬉しいです」

「でも今はそれで当たり前だろ?」

「……先輩が優しい人で良かったです。先輩の負担にならない程度に、機会があればまたお願いします」


 そう申し訳なさげに笑う白椿は一転してどこか居心地が悪そうに見えた。


「別に普通だろ。申し訳ないとかも考えなくてもいい。食生活はしっかりと、だ」

「ふふっ......」

「何がおかしいんだよ」

「いや、なんだか親みたいだなって」


 親、か。全くそんなつもりは無かったのだが。


 白椿は俺を再び見遣り、口を開いた。


「ありがとうございます」

「え?」


 白椿が俺を見据える瞳はいつもよりも輝いていた。


「一緒にカフェに行ってくれて、花火をさせてくれて、好きなものを共有させてくれて、美味しいご飯を食べさせてくれて……」

「……」

「これでも、まだ足りませんか?」


 俺は、白椿が頬を赤らめて、照れくさそうに滔々と語る相手に値するのだろうか? しているのだろうか?


 いや、その疑問も今は逃げか。それもこれも彼女が決めることだ。


 そして、彼女は今、俺をしっかりと見据えて、伝えた。


 なら、今はそれが全てだろう。


「いや、大丈夫だ。俺からもありがとう。俺と一緒に居てくれて」

「べ、別に私がそうしたいからそうしてるってだけですから」


 もはやツンデレにもなっていない返しだ。


 こうなったら、俺も隠す必要はないか。


「……俺もずっとこうしてたい」

「……それ、ずるいです」

「それを言うならさっきの白椿の台詞も似たようなものだろ?」

「な……忘れてください!」

「はいはい。忘れるよ」


 口ではそれっぽく言ったけど。全然忘れないと思う。


 そのあとは、何もなかったかのように何故か白椿の家にあったB級映画を見た。


 話はマジでつまらなかったのだが、ところどころ怪人が何故かぬいぐるみで、そこだけは二人して大笑いしたのだった。


 ふと時計を見ると、もう時刻は21時を過ぎている。いい加減帰らないとまずいので、名残惜しいが白椿に別れを告げる。


「じゃあ、そろそろ帰る」

「もっといてもいいですよ?」

「まあ、遅いし」

「なら仕方ないですね。先輩、また明日会いましょう」

「ああ」

「いつか……お泊まり会でも出来たらいいですね」


 玄関から出ようとする瞬間に白椿はそう言った。


「さすがにそれはずるいだろ」


 帰り際に放たれた不意打ちの言葉に俺は驚くと同時に物凄く高揚してしまっていることに気付く。


 ああ、何かもうだめだな。


 今、俺の頭の中にはいつも白椿が居て、彼女の笑顔が、からかい方がずっと消えない。


 俺自身の気持ちはもう分かっていた。見ない振りをしていたけどハッキリしている。


 俺、真木遼は白椿茜に恋をしてしまったのだ。

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