第6話 今はこれでいい

 白椿の家はそれなりに大きな一軒家だった。平屋なので、その分敷地がほかの家より広い。


 ここには俺も初めて来るから少し緊張する。


「さあさあ、入ってください」


 白椿に招かれて重めの足取りで家の中に足を踏み入れた。

 

「で、ここで何する予定なんだ?」

「何も無いです。ただ遊ぶだけですよ。先輩とは私の好きなものを共有したいなって思うので。あ、私の部屋はあっちです」

「はあ……」


 そう思われていることは嬉しいけど、いざ言われると少しだけ反応に困る。


 でも家に招かれるということに特別な何かを期待した俺も軽率だ。自分の下心に気づいて悲しくなる。


 白椿の部屋は漫画や小説に囲まれていた。可愛らしいアイテムもあるにはあるけど、女子の部屋としてはどちらかと言えば地味な部類なのかもしれない。


「凄いな、これ全部白椿のか?」

「はい。昔から恋愛ものが好きでずっと読んでるんです」

「今日は恋愛漫画でも一緒に読むのか?」

「いえ、先輩がラブコメ読んでニヤニヤしてるところが見たいのはそうなんですけど、それより前にやりたいことがあります」


 白椿はゲーム機を起動し、マリ〇カートのカセットを本体にセットした。


「戦いを始めましょうか」

 

===


「うわ、先輩姑息だ!」

「姑息も何も、これが戦の世界だよ!」


 白椿の部屋の中で俺たちは激闘を繰り広げていた。


 白椿はああ言うが、マ〇カーの世界では姑息も何も存在しない。


 アイテムもショートカットも駆使し、とりあえず勝ったやつがえらい!


 そういう意味では白椿は今、劣勢であると言えるだろう。


 つまり、俺の勝ちだ。


 自らの勝利を確信したその時、青甲羅が1位を独走していた俺のワ〇イージの頭上に直撃し、白椿に一瞬で追い抜かれる。


「ざこですね! いい加減学びません?」

「白椿、お前......姑息だぞ?」

「うわ……」


 こんな感じで俺たちは実に低レベルな争いを繰り広げている。


 因みにどれだけやっても勝率は永遠に5対5だった。何か特別な力でも働いてるのかもしれない。


「こういうのも悪くないですね、先輩」

「そうだな。俺は何度も白椿を打ち負かすことが出来たし」

「……そういう話じゃないんですけどね」

「どういうことだ?」

「これくらい適当でもいいんだ、ってことですよ。特別なことなんてなくても、先輩とゲームして、漫画読んで、バカみたいに笑って、それで私は楽しいんだなって」


 白椿の言葉に込められた意味は俺にでも分かった。


 特別なんて今は必要ない。


 だから、今はきっとこれでいい。

 

「……そうだな」

「あ、ゲームに夢中で忘れてました。先輩に貸したいものがあったんだった」


 そう言うと白椿は立ち上がって紙袋を俺に渡した。5冊の少女漫画。おそらく完結済みだろう。


「私が好きな漫画です。多分男子が読んでも面白いと思うので先輩に貸します。マイナーであんまり語れる相手もいないですし」


 袋から一冊取り出してみる。


 なるほど、タイトルやあらすじを見る限り多分王道の純愛ストーリーっぽいな。


「ありがとう。今度会う時までに読んでおく」

「急がなくてもいいですよ? じっくり読んで欲しいですし」

「じゃあ、じっくり読んで早めに返す」


 5巻くらいならすぐ読めるだろうし。


「そうですか。それ、めちゃくちゃ面白いので先輩も楽しんでくださいね」

「家に帰ったらじっくり読むよ」


 そういえば、家に帰ると言えばだ。


 ふと今の時間を確認すると、もうすぐ夕飯の時間だ。今日は両親の帰りは遅いので早めに帰って自炊でもするか。


「先輩、帰るんですか……?」

「ああ」

「先輩が良ければ夕飯一緒に食べません?」

「こっちこそ、いいのか?」

「んーと、私、料理が、出来ないわけじゃないんですけど苦手でして……」

「なるほど……?」


 まあ確かに苦手そうではあるけど。


「先輩、夕飯作ってくれませんか?」

「言うと思った。いいよ」

「その言葉を待ってました! 先輩のおかげで、私は久々にコンビニ弁当やインスタント以外のものを食べられます!」


 ……何も言うまい。

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