第2話 からかいか照れ隠しか

「実はこの告白、ぜーんぶ嘘なんです!」


 彼女は少しだけ赤らんだ頬を維持したまま、けれど平坦な声でそう告げた。


「は?」

「本当だとでも思ったんですか? なわけないじゃないですか」


 ああ、そういえばそうだった。


 ため息が漏れる。


 そう、こいつは中学の頃から平然と俺をからかう奴だった。


 久しぶりに会ったと思ったらまたこれである。


 だが、流石に今回はちょっといたずらの域をはるかに超えているので、注意しておくとする。


「......あのな。そういうのはもういい加減に......」

「あーあ。恥ずかしかった。ベタな台詞なので逆に恥ずかしいのかもですね」


 注意する間もなく、喋ろうにも彼女の言葉に遮られる。


「でも、楽しかったですよ。先輩、分かりやすく舞い上がってて可愛かったですし」

「まあ、確かに舞い上がりすぎた俺も悪かったけどさ、白椿もやりすぎだ」

「はーい」


 彼女は楽しそうにそう答える。ダメだこいつ、一ミリも反省してない。


 ま、いいか。スクールカーストはあちらが圧倒的に上だし、反応的にも俺の事が嫌いという訳でもないだろうし。


 本当に先輩をちょっとからかった、という言うだけなのだろう。


「で、本当は何の用だ?」


 白椿は人気者である。容姿がずば抜けて優れている上に、同性とのコミュニケーション能力もあるので、男女問わずにだ。


 だからこそ、そんな下らない事だけの理由で長年関係の途切れていた俺を呼び出すとは思えない。


「ほー、先輩、鋭いですね。性格悪いって言われません? これ、実はいい意味なんですけど」

「実際に悪いかはともかくとして、そんな事を先輩に向かって言えるお前も似たようなものだろ」


 いい意味でという取ってつけたような免罪符に反応するのも面倒くさかったので適当に流しておく。


「えへへ、たしかにそうですね」


 適当な返事をする白椿。完全に俺は彼女に遊ばれてしまっている。これだとどっちが先輩かも分からないな、と思う。


 ちょっとは先輩風吹かせたいんだけど......


「で、これが本当の用事なんですけど」


 彼女は、何かを見定めるように、何かを祈るように言葉の続きを口にする。


「先輩、私と友達になってください」


 未だに少しだけ赤らんだ顔をこちらにしっかりと向けて、彼女は俺に手を伸ばした。


「別にいいけど、俺なんかでいいか?」

「先輩だから、いいんですよ。私にも色々あるんです。色々と人間関係が面倒くさくてですね......」


 なるほど。結局はそういうことか。


 彼女は高嶺の花であるからこそ、それなりにしがらみがある。


 だから、昔からの知り合いで面倒なことが比較的少ないであろう俺に話し相手になってほしいってことだろう。


 まあ、聞く限り単純な話だ。彼女がこうやって軽い嘘をつくのもいつもの話。


 だと言うのに、彼女の頬がまだ赤らんで見えた。


「あーなるほど。了解。俺も暇だしいいよ」

「ありがとうごさいます。よろしくお願いしますね、真木先輩」


 彼女はこれまた可愛らしく笑う。当然だけど美少女は笑顔もめちゃくちゃ絵になる。


 ま、これだけ可愛い女子と一応友達になれる、と言うだけで十分過ぎるほどの自慢と言えるかもな。


「じゃあ、また今度。日暮れも早いし白椿も早く帰れよー」

「ちょっと待ってください」

「ん?」

「先輩、明日の休み空いてますよね?」


 珍しく、真剣な表情で彼女は俺を引き止める。


「空いてるけど、早速どっか行く?」

「はい。14時に駅前に集合、でいいですか?」

「ああ......明日は予定ないしいいけど」

「ありがとうございます」

「どこ行くんだ?」

「カフェ、ですそれじゃあ、さよなら」


 彼女は踵を返し、小走りに去っていく。


 駅前のカフェ。あそこはいかにもオシャレあからさまなデートスポットである。


 さっきの行動といい、誘いといい、やけに赤い顔といい、駅前のカフェといい......もしかして、噓だとか、友達だとかいうのは、ただの照れ隠しか?


 そんなことを思いながら、俺も帰路に着くのだった。


 ――もしかすると、俺にもちゃんと春はやって来るのかもしれない。

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