第39話 感度一万倍のミーアの体液


「正体を現したね」

「なんとなく、分かっていたのでしょ?」

「まぁね」


 ミーアはペロリと伸びた爪を艶めかしく舐める。

 正直な話、いつもの十倍はエロい。


……俺も【性なる守護】で守られていなければ、昇天してしまっていても可笑しくないプレッシャーが襲っている。


「私ね、実は先輩が聖女と一緒にいるのに嫉妬していたの。最初は自分の物にならない先輩が欲しくて堪らなかった。でも――、いつしか先輩に助けてもらってから、優しくしてもらってから――、サキュバスの私が、男を精搾取の対象としか見ていない私が、毎日一人の人間のことしか考えてなくなっていた。柄にもなく人間に恋をしていた自分に気づいたわ。私――、先輩のことが好きなの」


「残念だが、その気持ちには――」


「言わなくていい‼」


 ミーアは両腕を抱きしめるようにギュッと掴み、俺の言葉を拒絶した。


「そんなの言われなくても分かっているから……。先輩は聖女のことが好きだって! 分かっているから……」


 その眼には涙が浮かんでいる。


「このままじゃ先輩は絶対に私の物にならない。だから、だからっ‼」


 バサリと翼をはためかせ、宙に浮く。

 いやー、本当にファンタジーだわと思っていたら――。

 ミーアが鋭利な爪を俺に向けて滑空してきた。

 俺はギリギリで躱し、距離を取る。


「聖女の加護を上書きしてしまうほどの快感を与えて先輩を虜にしてしまえば良いって」

「でも、君は俺に触れられないはずだ」

「えぇ、そうね。先輩に触れれば私も耐えがたいダメージを受けるでしょう。でも、痛いのは最初だけよ。先輩を自分の物にできるならそのくらい我慢できる。いえ、我慢してみせる‼」


 ミーアの鋭利に伸びた爪の先から何かポタポタと液体が垂れていた。


「あはっ。気づいた? 惚れ薬ってあるでしょ? 私のスキル【絶対魅了】はそれに近い力を持っている。大体の男はそれで私の従順な下僕になる。でも、ごく稀にそれに抗う男が出てくることがあるのだけど、そういった男にはさらなる奥の手である――【完全なる服従パーフェクトドミネーション】を使うの。満月の日、私の魔力が最高潮に高まる時にしか使えない私のとっておき。私の魔力で作った体液を爪先から体に流し込めば、私を求めずにはいられなくなる。効果は【絶対魅了】の一万倍。粘膜からでも効果は同じ。これからは逃げられないからね? せーんぱい♪」


 触れたり、刺されたら即落ち・即昇天ってやつですか。

 【性なる守護】を力づくで破ろうとしてくるとは……。

 まともに戦ったら勝ち目はないな。


 俺はミーアとは反対側に全力で走り出した。逃げるが勝ちってやつだ。

 いや、これも作戦だ。

 どうにかして、刀華先輩達が作った結界内に誘い込む。


「あはははは! 逃げても無駄だから!」


              ☆


 俺は学園の中でミーアと鬼ごっこを繰り広げていた。だが、校内を走っていると様子がおかしかった。ドア窓から見えるクラスに女子はいるのだが、どこかみんな上の空で座っているだけなのだ。変なクスリでも飲まされたのか、夢の中にいるみたいにボケッとしたままだ。しかも、何かの植物が体に巻き付いており、そこから光のような物が移動しているのが見えた。


「せんぱーい♪ どこに行ったの? あはっ」


 やばい、来た! 

 二階に上がり、渡り廊下の橋の陰に隠れて、ミーアをリバティホールに誘い込むための俺の秘策を発動させる。


「頼んだぞ」


 そして、知世先輩の人型の紙をした式神が俺の元にやって来た。

 どうやら知世先輩たちは無事のようだ。

 俺は式神を額に当てて言う。


『作戦通りでお願いします』


 すると、ボゥと青い炎を立てて、式神が燃えた。

 俺はすぐ近くの図書室の中に入り、掃除用具入れの中に入ってミーアが通り過ぎるまで息を殺してやり過ごすことにした。


「鬼ごっこの次はかくれんぼ? ま、先輩と遊べるから良いけど?」


 段々と声が近づいて来る。

 ほんと、心臓に悪い。

 ホラーじゃないんだぞ!

 図書室の扉のあたりで足音が止まった。

 ガチャガチャガチャとドアノブの音。

 心臓の音が外に漏れてしまわないか、不安になってしまうほど激しかった。

 そして、ガチャリと扉が開く。

 万事休すか。


「先輩、みーつけた♪」


 バタリとドアが閉まる。

 と、身躾さんの足音が遠ざかって行った。

 完全に気配がなくなったのを感じてから掃除用具入れから出てきた。


「ふぅ……、助かった」


 ほっと一息をつく。

 そして、そっと図書室のドアを開けると、廊下に身躾さんの指から出た体液がリバティホールの方へ向かっていた。

 どうやら上手く行ったようだ。

 窓ガラスをコンコンと叩く音が聞こえた。

 見れば、子猫の姿のミミがいる。俺は窓を開けた。


「パパ、ママの居場所を見つけたの。ついてきて!」

「ありがとう。さすが、俺の娘だ」

「えへへ」


 俺は二階から飛び降りて、ミミの後を追った。

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