第38話 恋愛バトルロワイヤル開始!

 協賛イベントは17時からなので、それまで時間が余っていた。


 俺は遥とミミと一緒に他のクラスの出し物を見に回る。


 出店でタピオカを三つ買って、校内へ繰り出した。


 中庭ではちょうど知世先輩の演舞が始まるところだった。観客も多く詰め寄せており、優雅な衣装を身に纏った知世先輩が舞う。元々持っているポテンシャルが高いというのもあるが、それでも人を惹き付けて止まない。清純学園三大美女の一人は伊達じゃなかった。

 

 次は刀華先輩の公演を見に行く。こちらも体育館で満員御礼であった。こちらは女子人気が高く、お目当てはもちろん刀華先輩だ。舞台装置も凝っているのか、刀華先輩が登場するシーンでは、壇上の下からスプリングを使って出現し、プロ役者顔負けの殺陣たてを見せる。本当に惚れ惚れしてしまうほどの。


 公演が終わるとスタンディングオベーションの拍手喝采であり、まぁ……、これなら俺たちのメイド喫茶が負けてもしょうがないデキだった。

 そして、文化祭も大詰めとなり――。


「景太が来るの待っていますからね」

「うん、必ず行くから待ってて」

「はい」


 俺は前の席にいる遥に別れを告げて教室を後にする。

 次に男子がグラウンドに集められ、全校生徒360名の半分がひしめき合う。


「パパ、空気がむさ苦しいの」


 子猫の姿に戻ったミミが俺の制服の中からちょこんと顔を出した。


「ごめんな、もう少しだけ我慢してくれ」


 ミミの頭を指で撫でる。

 辺りを見渡してみると、好きな女の子を絶対に自分の物にするんだと鼻息を荒くしている男が三分の二だ。残りの連中は彼女持ちか、イベントにソワソワしている奴が半分と冷静に辺りを見渡している奴が半分。


 その中に――、引きこもりになった並木先輩がいた。

 ミーアのせいで彼女との関係が崩れたのだ。

 先輩には是非復縁をしてもらいたいものだ。


 俺も息を整えた。

 恐らく、遥に辿り着くまで必ずミーアが現れるはずだ。

 どんな手を使って俺を堕としに来るのか分からないが、俺にも策はある。

 必ず、出し抜いて遥の元へたどり着く。

 そして――、時計の針が十七時を指し、開始のピストルが鳴る。

 制限時間は一時間。

 恋愛バトルロワイアルの火蓋ひぶたが切って落とされた。


         ☆


 スタート直後、違和感があった。


「パパ、何かおかしいの!」


 ミミが毛並みを逆立てて、空を見る。

 すると、満月が薄っすらと見える茜色に染まった空にドーム状の結界のようなものが薄っすらと張っているのが見えた。

 これから向かう校舎が闇夜に包まれる。

 ミーア達が何かを仕掛けているというのは確かなようだ。

 

 どうやら他の生徒達にはこの結界のような物が見えていないようで、およそ三分の一の男子が全力疾走で校内へ向けて走っていた。

 その想いは好きな女と自分の第二ボタンを交換することだ。

 俺は中盤からのスタートだったので、その背中を見守る。

 だが、彼らの先頭が校内に差し掛かった瞬間だ。


「なんだこれぇ‼」とその足が止まった。


 次々に彼らがうつ伏せに地面にへばりつき、動かなくなる。


「……これは瞬間接着剤だ! それもすっごい強力なやつ! 触れたら動けなくなるぞ! しかも、なんか力がどんどん抜けていく!」


 見れば、校内に行く手前にその辺りを模したシートがいつの間にか敷かれており、そこには多くの男子生徒が捕まっていた。


「闇雲に突っ込むからそうなるのさ。下々の民よ。犠牲になってくれてありがとう」


 一年生の学年主任の御子柴に金属バッドで頭を殴られて昏倒した王子が男子生徒の上を歩いていく。確かに……あれなら接着剤の影響を受けなくて済みそうだけど。


――王子の真似をして後続の男子生徒も人の上を歩くという地獄絵図が完成していた。


「てめぇ、俺の上を歩くんじゃねぇ!」

「ん? なんて言ったのかな? 残念ながら僕の耳に負け犬の声は聞こえないようになっているんだ。君たちは黙って僕のロードになっていればいいのさ!」


 ゲシっと頭を足で押さえつけ、接着剤に顔をくっつけさせる。

 王子が瞬間接着剤のゾーンを突破し、次々と他の男子も突破し、校内へ向かって走る。


「ふははは。知世さんのおっぱいに一番初めに辿り着くのは僕さ!」


 どうやら王子は知世先輩推しらしかった。

 ついこの間までは身躾さん推しだったのにな。

 まぁ、おっぱい大きい美人は男子には人気だからな。


「今行くよ‼ マイスイートハニー知世!」


 王子が調子よく中庭に入った時だった。

 つるりと足を滑らせ、背中から豪快に転んだ。


「くそ、な、なにがあった!」


 王子の手にはねちょりと透明な液体がついていた。

 ねばねばでつるつる。

 まさかこれは――。


「ローションだと⁉」


 さらに上から大量のローションが滝のように投下された。ローションの波が俺の前まで押し寄せてくる。俺たち、後続組は後退せざるを得なかった。


 ローションの滝行が終わると、再起不能になった男子生徒達の屍が辺りに散見された。わずか開始数分も経たずして、男子の三分の二以上がリタイアである。


 見れば、四階まである各窓から風紀委員たちが中庭に向けて樽からローションをぶちまけていた。このままだと正面突破は難しいな。


 ひとまず作戦を立て直す必要がある。その前に……。


『遥! どこにいるのか教えて欲しい!』


 遥と交信を試みるが――、一向に返事が返ってこなかった。

 まさか、何かあったのか? 

 嫌な汗が額に滲んだ。

 正面突破はできそうにないから裏口に回るしかないか。

 

 俺は裏口まで走る。だが――。


「うわあああああああ!」


 屈強な体つきをした風紀委員たちが俺と同じ考えに至った男子生徒達にラグビー部顔負けのタックルをかまし、俺たちの行く手を阻んでいた。


「う、裏口もダメなのか……こんなの聞いてないし、こんなの無理ゲーだ!」


 他の生徒達からは諦めの声が上がっていた。

 俺の隣には並木先輩がいた。

 並木先輩も絶望の顔を浮かべている。

 

 裏口を侵入経路に選んだ男子は約二十名。その半分は風紀委員に取っ捕まっている。このまま突破するとなると、その数はさらに減らすことになるだろう。

 

 だが、屈強な風紀委員といっても普通の人間だ。魔法で身体能力が強化された人間には敵うまい。このまま正面突破だ。

 俺は進もうとしたが……。


「八代君……」


 並木先輩が俺の肩に手をやる。


「な、なんでしょうか?」

「君にも第二ボタンを交換したい女性がいるのか?」

「ま、まぁ……、はい」

「八代君、僕は君には感謝をしている。君のおかげで俺はもう一度歩き出そうと思えるきっかけを作ってくれたからな。俺も真奈美と第二ボタンを交換して、もう一度真奈美とやり直したい。でも――!」


 並木先輩の足が震えていた。

 そりゃ、目の前には一般の高校生には突破不可能なタックルを仕掛けてくる屈強なぬりかべ達が仁王立ちで立ち並んでいるのだ。絶望感でいっぱいだろう。


「……並木先輩。分かりました。俺が先に出て俺の方に風紀委員を引き付けますから、空いたところを通って下さい」

「それでは八代君が!」

「俺は大丈夫なんで! 悩んでいるとタイムロスになりますから行きますよ!」

「わ、分かった!」


 俺が走り出すと五人いた風紀委員が俺を捉えようとタックルの姿勢になり突撃してきた。


 俺は彼らのタックルをひょいと交わし、我ながら鮮やかにその巨体を飛び越える。すると、風紀委員同士で激突し、大きな隙ができた。


 一瞬の隙をついた並木先輩他数名の男子生徒も抜け出して、裏口までやって来て校舎内に進入した。


「八代君、凄いじゃないか! まるで人間じゃないみたいだ!」

「そ、そうですかねー? あははは……」


 適当に誤魔化しながら一階ロビーまでやって来た。


 だが、そこで気づいた。妙に静かなのだ。女子も教室からスタートするはずだから、校内は人でごった返すはず。だが、人の気配が全くいないし、教師もいない。

さらに言えば、学校でもなかった。

 

 コンクリートの壁がファンタジー世界でよく見る城のような物に変わっていた。


「どうなってるんだ、これは……」


 異質な雰囲気が漂う学園に、俺たちは戸惑いを隠せなかった。


「まるで異世界に来たみたいだな……」

「そう……ですね」


 ふと、人がやって来るのが見え、俺たちは物陰に隠れてやり過ごす。


「なぁ、風紀委員にあんなにデカい奴いたか?」

「確かに……三メートルはあったよな」


 後ろにいた男子生徒達が言った。

 いや、あれは人間ではなかった。

 学園の制服を着たオークだった。

 なんでこの現実世界に魔物がいるんだ。

 まさか……異世界とこっちの世界が繋がり始めているのか?


「なんか冒険者になったみたいで楽しくなってきたな!」

「良い演出だ! 今年の文化祭は気合入っているじゃねーか!」


 どうやらお気楽な彼らにはそう映るらしい。


「行ったみたいだな。じゃあ、俺たちはこのまま第二ボタンを交換しにいくからよ! ありがとな!」

「ちょっと、待て!」

「けっ! 待てと言われて待つ男なんていねーよ!」

「いや、そうじゃなくて……」

「うっせー、みんなライバルだからな!」


 俺の静止は耳に入らず、彼らは並木先輩と俺を残して立ち去っていた。

 その後、悲鳴が聞こえた。

 

 徐々に現実世界が異世界に浸食されて来ている。

 そう考えると、時間はない。

 事態は緊迫していた。

 早く遥を見つけ出して、会長達と合流する必要がある。


「ミミ、様子がおかしい。ママを探せるか?」

「うん! ママの匂いを辿ってみるの!」

「場所が分かったら教えてくれ」

「分かったの!」


 ぴょんと俺の制服から出てくると、鼻をスンスンとさせながら校舎内を駆けて行った。

 俺たちも身を潜めながら移動し、二階へ上がる階段前にやって来た。


「じゃあ、僕はこのまま三階に行って、真奈美の元に向かう。八代君はどうする?」

「そうですね。俺も一緒に――、」

「行かせないわぁ……」


 身に覚えのある声がした。

 二階へ向かう階段の中間。妖艶な赤い瞳をした身躾さん、いや、ミーアがこちらを見つめていた。


「せんぱいは……私のものになる予定だから――これ以上先には行かせない。あはっ♪」

「……身躾さん。あっ……」


 ミーアと並木先輩がいるということは……まずい。

 並木先輩の方を見ると、――案の定。


「ふーふー」

 と息を荒くして下唇を噛み締め、股間を全力でもっこりとさせながら何かに堪えていた。


「十回は抜いて来たはずなのに……。これでもダメなのかぁぁ……」


 並木先輩……、PC筋か何かがいかれちゃいませんか⁉


「なに? ペットのなりそこないがいるの? 我慢しちゃって可愛いっ♪ その精を絞り尽くしてあげても良いけど、今はあんたには興味がないから、さっさと失せなさい」

「先輩、ここは俺に任せて行ってください。反対側の階段からでも三階には行けますから」

「くっ、八代君……本当に感謝する……」


 並木先輩は腰を折りながら走り去っていった。


「じゃあ、邪魔者も消えたことだし……」


 ミーアは頬を赤く染め妖艶な笑みを浮かべ、バサッと悪魔のような羽を背中に生やし、鋭利な爪を俺に向けて伸ばして言う。


「私の一番特別で、可愛いペットにしてあげる♡」


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