第34話 身躾さんの調査をしにNTRれた先輩の家に行く


 翌日から身躾さんの調査が始まった。

 俺と遥が授業を受けている時は、子猫の姿になったミミが監視をした。

 身躾さんは朝八時に高級車で学園に来る。そして、学園の男たちがワッと群がり、身躾さんの鞄を持ち、エスコートする。まるでお姫様みたいだ。

 

 授業中は、つまらなそうにスマホを見ながら授業を聞き流し、お昼になったらまた男が群がる。午後も同じように過ごして、放課後になったら文化祭の仕事を適当にこなし、また迎えに来た高級車で帰宅する。

 

 なんとも普通の男好きの社長令嬢であり、中々尻尾を見せてくれなかった。

 だが、きっと何かあるに違いない。

 放課後――。


 俺は何とかして身躾さんの尻尾を掴むことができないかと考えていた。

 ふと、思い浮かんだ。

 身躾さんに男を寝取られた先輩がいたことに。

 

 その彼氏さんはきっと――、俺と身躾さんの保健室での一件のようなことになったのではないだろうか。俺は魔法によって守られたが、守る手段がなければ、きっと一晩中狼さんになったにちがいない。


 そうだ、身躾さんにビンタされた先輩から彼氏さんの話を聞きだそう。

 俺は三年生の教室へ向かった。

 ふと、三年生の教室へ向かう階段の途中。

 屈強な風紀委員たちが、肩に透明なプラスチックの樽とカーペットのような物を抱えて歩いていた。中身はドロリ、ドロリと揺れており何やら粘り気のある液体のようだ。


「なんだ、生徒会がなんか用か?」

「い、いや。何に使うのかと思って」

「文化祭で使うんだよ。それを所定の位置に移動させているだけだ!」

「は、はぁ……。何に使うのか、ちゃんと許可を取っていますか?」


 すると、ドンと重そうな樽を地面に置き、風紀委員の男が俺を睨みつける。


「なんだ、俺たちが何かすると疑っているのか?」

「いや……そういうつもりでは、そんなものは文化祭の備品の項目になかったなぁと思って」

「あぁ⁉」


 ギロリと眼光が強まる。


「――――やめろ」


 場を支配するような声が響く。


「事を荒げるな」


 見れば銀髪美少女の風紀委員長の佐渡さんである。佐渡さんが来ると、風紀委員たちは樽を置いて整列し、俺まで続く道を作る。

 本当に教育が行き届いているというか……。


「悪かったな。これから生徒会の方へ追加で申請するつもりだった。ほら、これをよろしく頼む」

「は、はい」


 備品申請書類に潤滑剤とカーペットと書かれていた。


「何に使うんでしょうか?」

「イベントに必要なんだとさ。協賛会社からお達しでね。我々が検閲けんえつしておいた」

「そ、そうですか……。とりあえず、お預かりしておきます」


 俺は備品申請書類を畳んで胸ポケットに入れる。


「では、俺はこれで」

「待て」


 ダンっと俺の行く手を阻むように、佐渡さんの壁ドンが決まった。

 全てを見透かしてしまいそうなダイヤモンドのように輝く眼が俺を見据える。


「お前は実に良いな。見た目は弱そうに見えるのに、中身は図太く力強い。お前みたいなやつほど、土壇場で力を発揮するのだよ。私は……よーく知っている。痛いほどにな。しかも、闇が恐ろしいほどにない。ムカつくよ」


 佐渡さんは俺の顎をクイッと持とうとするが、その手を止める。

 

「本当なら我が手中におさめておきたい人材だが、あいにく先に唾をつけられているようだ」


 ふと、佐渡さんが俺から離れた。


「ウチの可愛い後輩に手を出さないでくれるかな?」


 学生鞄を持った刀華先輩と知世先輩が三年へと続く階段から佐渡さんを見下ろしていた。


「私は何も手を出していませんよ? ご先輩方」


 佐渡さんは急に人が変わったかのように急にしおらしく上品になる。


「私には何かしようと見えたけど?」

「それは誤解というものです。刀華生徒会長の後輩は優秀で羨ましいと思っただけですよ。素敵な後輩をお持ちですね」


 にこやかに佐渡さんが微笑み、数秒間、二人が顔を見つめ合う。


「まだ、何か?」

「いや」

「私たちは文化祭当日を安全に迎えるために、風紀委員の仕事が残っていますので。例年通りを周り、危険物がないように隈なくチェックさせて頂きます。当日は素晴らしい文化祭にしましょうね。では」


 佐渡さんは刀華先輩に一礼すると、風紀委員たちがぞろぞろと仕事に戻っていく。


「食えない女だ。八代君、大丈夫だったかい?」

「はい。一応……」

「やはり、佐渡さんには何かある。八代君も彼女の動向には気を配っておいてくれ」

「わ、分かりました」


 その後、二人は理事長室に行くと言って、後にした。

 俺も自分の役目を果たすために、三年生の教室へ向かった。


         ☆


 次の日の放課後。

 ピーンポン。

 俺はとある一軒家のインターホンを押していた。

 ガチャリとドアが開き、中年の女性が出てくる。


「どちら様ですか?」

「清純学園二年の八代景太と申します。並木翔太先輩の後輩に当たるものです」

「あら、翔太の後輩さんがなんの用かしら?」

「並木先輩は文化祭で自分と同じ組になっていたのですが、ずっと休んでいるみたいなので心配で見て来て欲しいと頼まれたので。あ、これ。文化祭のパンフレットです」


 俺は出来る限り受けが良くなるように愛想よく振舞う。


「自分たちとしては並木先輩にも文化祭に参加してもらいたいと思っていて、良ければ先輩とお話しがしたいのですが……」

「そう……、息子にもこんな後輩さんがいたのね」


 並木先輩のお母さんは少し安心した顔を見せる。


「今、翔太は凄く落ち込んでいてね。何があったのか聞いても話してくれなくて、同年代くらいの男の子の方が話しやすいのかもしれないわね。お願いできるかしら?」


 確かに身躾さんの話はだいぶデリケートな部分を含むから親に相談なんてできないよな。

 並木先輩に何があったのか、きっとそこに身躾さんの謎を解く鍵がある。


「はい。お力になれるよう尽力します」


 俺は一礼すると、並木家に招き入れられた。


            ☆


「翔太、学校の後輩さんがあなたのことを心配して来てくれたわよ!」


 俺は二階に上がり、お母さんがドアの前でノックをするが反応がない。


「ごめんなさい。この時間はいつも起きているのだけど……」

「自分も声を掛けても良いですか?」

「えぇ、そうしてくれると助かるわ」


 お母さんは俺に気を使ってくれたのか、階段を降りていった。


「並木先輩、先輩の彼女さんからの手紙を受け取って来たので部屋に入れてくれませんか?」


 反応がない。

 刀華先輩と別れた後、身躾さんのビンタを食らって戦意を喪失した先輩と接触し話を聞いた。そしたら、並木先輩に会うならと手紙を渡され、住所を教えられた。

 その手紙は俺の鞄の中に入っている。


「…………ドアの前に置いていってほしい」

「それはできません。手紙を渡すのには条件があります」

「なんだよ」

「先輩に何があったのか教えて欲しいんです。どうして急に彼女さんへの熱が冷めてしまったのですか? きっと何か理由がありますよね?」


 今のところ俺が掴める情報網の中で身躾さんとの繋がりがあるのが分かっているのはこの並木先輩だけだ。ここから突破口をこじ開けたかったのだが、話が聞けないとなると――相当に不味い。


「先輩、もしかして身躾さんの眼を見て可笑しくなったんじゃないんですか?」


 一つのカケでもあった。

 自分が体験したことだし、急に身躾さんに靡いたということは先輩も同じ体験をしている可能性がある。


「お前も……なのか?」


 ガチャリとドアが開く。

 すると、端正な顔立ちに無精ひげを生やしたパジャマ姿の並木先輩が顔を出した。

 そして、部屋から少し生臭い匂いがした。


「被害者になりかけた感じです」

「そうか……、分かった。俺に何があったのか話すよ」


 俺は部屋に入ると、部屋の中は割と綺麗だったが、入口近くのごみ箱には大量のティッシュがぶち込まれており、何があったのか想像をするのは容易だった。

先輩が窓を開けて換気をする。


「すまない。身躾さんと関係を持ってから、自分の欲情を抑えるために止まらないんだ」


 具体的に何がとは言わなかったが、深くは聞くまい。


「しかも、身躾さんとじゃなきゃ満足できない体になってしまった」


 先輩はベッドに腰を掛け、ふぅとため息をつく。


「どこまで知っているか分からないけど、これはほんの三週間前の話だ。ウチの両親は身躾さんの会社の課長でさ、家族みんなで会社の創立パーティーに招かれてそこで身躾さんと出会ったんだ。感じの良い子で最初は可愛いなぁくらいだったのだけど、パーティーが終わる頃、急に身躾さんの具合が悪くなって、彼女の家まで送ることになったんだ。俺は家まで行ってメイドさんに託したら、帰ろうと思ったのだけど」


 並木先輩がぐしゃぐしゃと頭を掻く。


「彼女にまだ一緒にいて欲しいって言われて……。父さんの勤めている会社の社長の娘さんだ。蔑ろにするわけにはいかないだろ? だから、彼女が寝るまでという条件で家に上げてもらったんだ。そしたら――、いつの間にか彼女を襲っていたんだ! それから何度も、何度も激しく彼女を求めた!」


「どうして……」


「彼女を見ると、いや、彼女の眼だ。彼女の眼を見ると、猛烈に彼女を襲いたい衝動に駆られるんだ。本当に抑えようとしても抑えきれない。いつしか俺は彼女の虜になっていた。付き合っていた彼女なんか眼中になくなってしまって、身躾さんだけを求めた。その結果が、この様さ。真理奈じゃ満足できなくなって、身躾さんを求めていたら仕舞には捨てられて、でも、その欲情が抑えられなくて学校で身躾さんを見かけたら襲ってしまいそうだから家に引きこもっている。本当に……俺はクズだ。真正クズ野郎だ。本当に反省しているよ……」


 並木先輩は情けない顔をして項垂れ、涙する。

 やはり、身躾さんには人を操る力がある。

 強力な催眠術なんて線もあるけど、もっと強制力が働くものだ。


 まさに……人を虜にする魔法。

 まさか、異世界帰還者?

 あり得なくはないが、それならば遥達が身躾さんに気づくはずじゃないか?

 知らないということは勇者パーティーではないのだろう。

 人を操って欲情させる……なんてむしろ敵側の力だ。

 

 いや、ファンタジーでは定番だろ。

 サキュバスだ。

 でも、身躾さんの見た目は人間そのものだ。

 ファンタジー世界に出てくるような魔族の姿はしていない。

 なら、どうやって……この世界に来た?

 そして、もしかしたら並木先輩は被害者かもしれない。


「先輩、話してくれてありがとうございました。これ――」


 俺は鞄から手紙を取り出して、並木先輩に渡す。


「なんて書いてあるかは分かりませんが」

「いや、良いんだ。俺はどんな言葉でも受け入れるつもりでいるよ。悪いのは俺だから」

「……無理かもしれませんが、良かったら気分転換に文化祭に来てください」

「あぁ、考えておくよ」


 俺は一礼して、部屋を出た。

 少し部屋の前で立っていると、「真里菜、本当にごめん。ごめんだざい……ありがどぉ……、俺……、おれぇ……何とか……。何とか……立ち直って……会いに……いくから」と先輩のすすり泣く声が聞こえた。



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