第35話 (R)遥はあなたが欲しい

 その日の夕方。

 家に帰って来た俺は遥に身躾さんのことを相談しようと思った。

 だが、家に帰ってもリビングには誰もいなかった。

 いつもなら、遥とミミが出迎えてくれるのだが……。

 恐らくミミは知世先輩の所にでも行っているのだろう。

 帰ってきたら、夕飯前に家にいないとご飯は抜きにすると言っておこう。


 遥を探しに二階へ上がる。

 身躾さんは異世界からやって来た可能性がある。

 この情報は早く遥と共有しなければならない。

 遥なら何か分かるかもしれないからな。

 

 俺は母さんの部屋までやって来て、ドアをノックしようとしたが――。


「――――ぁ。けい、た。……ぁぁ。けいた」


 自分の声が呼ばれ、ぴたりとノックするのを止めた。

 寝言……だろうか。遥は寝ているのか。それなら、起きた後に話そうか。

 そう思ったが――。


「けいた、けいたが……ほしいです。―――っぁ……ぁ。んっ。んん!」

 

 甘い蕩けた声で、何度も、何度も俺の名前を呼ぶ。

 遥が何をしているのか、分かってしまった。

 最近、身躾さんの攻撃が多くて、遥の嫉妬心が膨れ上がっていたのだろうか。

 遥は感情をあまり表に出さない。

 だからこそ――。

 

 この状況で遥に声を掛けるのはダメだろう。

 流石に引かれるだろう。

 こういうのは心の奥底にしまっておいて、見なかったことにするのが正解だと思う。


 彼氏彼女の関係においても、内緒にしておきたいものというのがあるはずだから。


 俺はもう一度、家を出て、学園の裏にある國美神社に向かった。

 百段くらいある階段を登ると、荘厳な社が見える。

 人はいなかったが、巫女服姿の少女が箒で石畳の道を掃いていた。

 ペコリと挨拶をされたが、不思議な感じだ。

 何というか、無機質で人間じゃないみたいだ。


「あら、八代君」


 声がすると、巫女服姿の知世先輩がやって来た。


「どうも」

「ミミちゃんね」

「はい」

「ミミちゃん。パパが来たわよぉ!」


 と社の方へ向かって言うと――、


「はーい!」


 社の奥からミミの声が聞こえた。


「いつもすみません。ご迷惑じゃないですか?」

「全然! 良いのよ。ミミちゃん可愛いし、いつでもウェルカムよ!」

「はは、そうですか。ありがとうございます」


 すると、ツンツンと巫女服の少女が知世先輩を指先で突く。


「うん、ミミちゃんを呼んできて来てあげて。きっと遊ぶのに、夢中だから」


 またペコリと丁寧にお辞儀して、社の裏へ行く。


「彼女は?」

「私の式神よ」


 あぁ、そうだった。刀華先輩や遥の陰に隠れているけど、知世先輩も立派に人を超えている存在だった。いや、世の中は広い。


「それで、私の所に来たということは結婚式場の申し込みの予約かしら?」

「いや、違います!」

「そう? 早く二人には式を挙げて欲しいのに……」

「いや、俺たち、まだ高校生ですから!」

「じゃあ、卒業時に入籍ね!」


 ほんと、知世先輩も違う意味でグイグイ来る。


「パパ!」


 ミミが俺を見つけると、ぴょーんと跳ねるように駆けてきて、俺の胸にダイブする。


「夕飯には戻ってこないと駄目だろ」

「ごめんなの! でも、楽しかった!」


 にへらと鼻を土でよごしたミミを見ると、毎日元気に遊んでいるようで……それはそれで可愛いから許してしまう。天使のような笑顔を崩したくなくて、『ごはん抜きにするぞ』と厳しく注意できない。

 う、ダメな父親だ。


「じゃあ、知世先輩、ありがとうございました」


 ミミと一緒に一礼をすると、知世先輩が手を振る。


「そういえば、遥ちゃんは?」


 ふと、先程の遥が脳裏に浮かんでしまった。


「あ、えっと……その……」

「そう、何か言えない事情があるのね」


 察した知世先輩はうんうんと頷き、巫女服の袖から歪な形をした三つ石を取り出し、それが地面に転がった。

 その各々が様々な方角を指し示す。


「そう、そういうこと。そうね。女の子にも秘密にしたいことはあるわ。でも、最後はグイッと男性に来てもらいたいものよ。今は時を待ちなさい。そうすれば、幸せになれるわ」

「な、なんの占いでしょうか」

「内緒♡」


 知世先輩は人差し指を唇に当てて、薄く微笑んでウインクをした。

 まるで、俺たちのことが見透かされているような感じがしたが、悪い気はしなかった。


「安心して。二人の仲が上手くいくように私も祈っているし、二人の仲を引き裂くような奴がいたら、私が張り倒すわ」

「あはは、ありがとうございます。力強いです」

「また学校でね」

「はい」

「バイバイ、知世」


 手を振る知世先輩に見送られながら俺たちは家に帰ると、リビングでエプロン姿の遥が夕飯を作っていた。


「景太、ミミちゃん。お帰りなさい。今日はシチューですよ」

「わーい!」

「ちゃんと、お手手洗ってきてね」

「はーい!」


 ぴょんと床に飛び降りて、ミミは洗面所に駆けていく。


「景太、どうしました?」


 遥がきょとんとした顔で俺を見る。

 大丈夫、いつも通りだ。


「ううん。何でもない。夕飯を食べたら相談したいことがあるのだけど」

「はい、大丈夫ですが……」


 俺たちは三人で夕飯を食べた後、遥に身躾さんについて話した。


「そうでしたか、可能性はあります。もう少しだけ情報を集めてみましょう」

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