第33話 お昼の美女たちのマウント合戦
「せんぱーい。あーん」
身躾さんが弁当から卵焼きを取り出して俺の口に運ぶ。
「いや、身躾さん。大丈夫だから、自分で食べてね?」
「えぇ~、私の愛情がた~っぷり入った卵焼き食べたくないですか?」
「……今、お腹いっぱいなんだよね」
「うそ! だって、せんぱいさっきから何も食べてないじゃないですかー」
身躾さんを生徒会室に招いた後、お昼を食べ始めた。
俺の予想通り、生徒会室の天気予報は大荒れだった。
身躾さんが天音さんの前でもグイグイ来すぎるし、遥はパクパクと無言で、今朝俺と一緒に作った海苔弁当を食べている。
「ねぇ、せーんぱい♡」
今も身躾さんは俺の頬に卵焼きをくっつけながら、何とかして食わせようとしていた。
「それ、やめてくれないかな……?」
「えぇ⁉ 瑠奈の愛情が凄すぎて受け取れないんですね⁉ もぅ、せんぱいってぇ……、えっちな照れ屋さんなんですね!」
「…………えっち?」
ゴゴゴゴゴっと遥の中に眠っている龍が目を覚まし始めていた。
「あっ、この前カフェテリアで私が怪我した時に八代先輩が瑠奈のブラウスを脱がしてくれてぇ、瑠奈のおっぱいにこーふんしちゃったって話、知ってますか? あはっ!」
ふぅ、どんな話が来るのかと思えば、なんだその話か。
でも、それは既に遥に伝え、共有している情報だ。
「先輩が顔真っ赤にしていたのに、可愛いかったなぁ」
身躾さんは沈黙した遥を見てニタリと笑う。
「その時、瑠奈の胸の奥が凄くどきどきしちゃって、私のこともちゃーんと手当してくれたし、そんな優しいせんぱいのことが……忘られなくなっちゃったのはここだけの内緒です。てへ!」
身躾さんはこつんと頭を叩いて舌を出す。
シーンとした中で、遥が口を開く。
「そうでしたか。八代君はとても優しくて魅力的ですからね。その気持ちは分からなくありません」
遥は淡々と告げた。
身躾さんは遥の余裕そうな表情に驚く。
ふふと遥は、はるか高みから身躾さんを見下すように言った。
「でも、身躾さんって……。押し倒されたくらいでときめいちゃうだいぶお子ちゃまな人なんですね?」
マウント返し。しかも、俺たちは恋人であり、絶対に破れない魔法で守られているが故の強気なマウント。さらに、その俺たちは……、キス以上の関係にも進みかけていて、俺たちの信頼と絆は堅い。
今度は身躾さんの顔が「この……おんなぁ……」と引きつっていた。
すると、俺の食べさせるつもりだった卵焼きを……ポロリとボタンが開いていたワイシャツの中に落としてしまう。
「あっ。こぼしちゃった。せんぱい♡ これ、取ってください……」
大胆にワイシャツのボタンを開け、あらわになった谷間に挟まれた卵焼きを差し出す。
だから、この子はどうしてこうなるんだ!
何か狙いがあるのか、そこまでして俺に卵焼きを食べさせたい理由が!
いや、違う。身躾さんは知っている。
数多の男なら、喜んでおっぱいに挟まった卵焼きに齧り付くということを。
だが、俺は――!
「せんぱい、一目惚れしてください?」
え、どこにですか?
おっぱいにですかぁぁあああ⁉
「相変わらず、不純で卑猥ですね。それしか特技がないんですか?」
「はぁぁぁ?」
「エロく振舞えば、八代君があなたに
ピキピキと身躾さんの額に血管が浮かぶ。
「身躾さんは立派な女性の武器を持っています。それは認めましょう。ですが、まさか! それだけで! 八代君の心を掴める……なんて思ってないですよね?」
二人の間で見えない火花が散っていた。
遥は一つ深呼吸をすると、箸で海苔弁当のご飯部分を掬って俺の口元まで持っていく。
そして――。
「お子ちゃまに教えてあげます。そんな卑猥な食べさせ方をしても八代君の心を掴むことはできないということを」
そっと俺の口元に運ばれる海苔ご飯。
上手いと思った。遥は身躾さんの流れを利用して、命令をクリアしようとしていたのだ。つくづく遥の機転に助けられる。これなら、遥が俺にお昼ご飯を食べさせるのになんら不自然はない。
何よりも下唇を嚙みながら恥ずかしそうに頬を赤くする遥が誰よりも可愛く感じた。その照れがどうしようもなく可愛くて、俺はぱくりと海苔ご飯を口に含んでしまった。
すると、命令がパチリと消える。
「どうですか?」
「すごく、美味しかったです」
遥はどーだと言わんばかりの顔を身躾さんに向けていたが。
「うぐっ! 私もおっぱいで温めましたから! 熱々です!」
と谷間から取り出した卵焼きを俺の口に無理やり突っ込もうとしたが――。
「みゃ‼」
俺と身躾さんの間に猫の姿のミミが割って入り、パシーンと猫パンチで卵焼きを叩き落とした。
ミミは机の上に乗ったまま「シャー」と身躾さんに威嚇をしていたので、そっと制服の中にしまってあげた。
「ご、ごめん。身躾さん、大丈夫?」
呆気にとられていた身躾さんは我に返ると、「あはっ」と笑った。
「だいじょーぶですよ? 先輩に食べてもらえなかったのが残念ですけど……」
「ははは……。申し訳ない」
「というか、先輩たちって~」
「な、何かな?」
「随分仲が良いですよねぇ~、しかもお弁当を食べさせられるほどの仲でもあるわけでぇー、それってまさかのまさかぁ~!」
「「っ⁉」」
遥と俺は言葉に困った。
身躾さんは俺たちの関係の真相に限りなく近づきつつあると直感で思った。
俺にご飯を食べさせる一連の流れは、身躾さんに分からせるという形は取っているが、第三者から見れば彼女が彼氏にご飯を食べさせてあげているようにも見える。
「どっちでもいいですけど……まっ、付き合っていた方が私の好みですけどねー」
身躾さんは手を叩き、何やら納得した表情を浮かべた。
「あ、そーだ。私、文化祭のイベントで八代先輩の第二ボタン……取りに行きますから」
「え?」
「わたし、天音先輩には負けません。全力で行きますから。二人とも覚悟――、しておいてくださいね?」
大胆不敵な身躾さんの宣戦布告。
身躾さんは可愛く俺にウインクをした。
「はぁあああああああああああああああ⁉」
俺の雄たけびが生徒会室に
☆
「だってぇ、全校生徒が参加のイベントですし、パンフレットにも書いてありますよね? 好きな人の第二ボタンを奪い合う恋愛バトルロワイアル……だって。付き合っていようが結婚していようが関係ないですよ?」
確かにそうだが、俺たちにとっては問題ありありだ。
身躾さんは俺たちの仲を完全に引き裂こうとしてきているし、単純に遥に辿り着くまでに障害が一つ増えたことになる。
「身躾さんは本気で言っているの?」
「はい、もちろん! 良いですよね? 天音先輩? 」
「好きにしなさい」
「余裕ですね」
「私はあなた程度に負けませんから」
「上等だぁ……なめんなよ……」
また、身躾さんの額にピキリと血管が浮かんだが、スッと笑顔に戻る。
そして、バイバ~イと手を振って、昼休み終了の五分前に身躾さんは生徒会室を出た。
ほんと嵐のような時間だった。
というか、身躾さん衣装作ってないし……。
恐らく俺はイベント当日、地獄を見ることになるのかもしれない。
だが、俺が遥以外に靡くということはあり得ないだろう。
もし、身躾さんに第二ボタンを奪われたとしても、得られるのは告白する権利だけだ。
その際にしっかり断ってやれば済むことだ。
遥は鞄の中から試験官のようなものを取り出し、生徒会室の扉の前に入っていた液体を巻いた。その液体はジュウとすぐに音を立てて蒸発する。
「部屋を清める聖水です。あの卑猥な小娘が二度と生徒会室に入って来れないようにお祓いの意味も込めて撒いておきます! この、このぉ!」
平然を保っていた遥だったが、心の中では怒り心頭のようだった。
ここまで感情を露わにするとは相当に身躾さんのことが気に食わないらしい。
いや、人の彼氏に手を出す女を好きな奴はいないだろう。
一通り浄化をし終えたのか、深呼吸をすると生徒会室の鍵を閉める。
そして、俺の方を見た。
「ごめんなさい、取り乱しました」
「遥が謝ることある? 俺が身躾さんの気持ちを早く否定していれば良かっただけだし」
「いえ……。それでもダメだと思います。身躾さんは一度断ったからって諦めない執念のようなものを感じました。結局、どう転ぼうと景太を絶対に堕とすつもりでいるはずです」
「でも、それは無理でしょ?」
「はい。【聖愛の契り】で繋がっている限り、【性なる守護】が、他の異性が私たちに干渉するのを防ぐはずです」
「じゃあ、あの身躾さんの自信は一体どこから出てくるのか……」
「分かりません。相当に自信家なのは事実ですが。きっと私に揺さぶりを掛けかったのか……、私がイラついている顔を見たかったのか……」
でも、それだけだろうか?
恐らく、俺と遥が付き合っているのも薄々分かっているだろう。
俺が遥に惚れまくっていることも。
俺は絶対に遥以外に靡かない。
その絶対的な仲を引き裂きに来ている。
そんなの……、魔法か何かで意志を捻じ曲げないと無理だろう。
ふと、身躾さんに誤ってベッドに引き込まれた時、眼を見ていたら意識がまどろんでいくのを思い出した。
魅惑の美少女だからか、それとも身躾さんのフェロモンにでもやられたのか定かではないが、人ならざる力が働いているような気もしないわけでもない。
すると、ミミが俺の制服からぴょんと飛び出す。
「ミミ、あの女嫌い! パパとママを苦しめる悪い奴! 悪い奴の匂いがプンプンするの!」
未だに毛を逆立てており、ドアに向かってシャーシャーと威嚇する。
動物的なカンなのか、本能的に身躾さんの脅威を察知しているのかもしれない。
文化祭当日まで少し身躾さんについて調べてみた方が良いかもしれないな。
ふと、遥が俺の方にやってきた。
そして――急に。
でも、そっと、少し熱い口付けを添えた。
「景太は私だけのものですから。絶対に奪わせません」
キスを終えた俺の唇に人差し指を当て、俺に胸に体を預ける。
俺はこのキスに他の女の子なんかに現を抜かせないと誓うのだった。
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