第30話 ※やべー教師を捻じ伏せます


「一列に並べぇ‼」


 御子柴がガギンと金属バッドでフローリングを叩く。

 物々しい金属音と御子柴の形相が作り出す恐怖に支配された面々は大人しく横に一列に並んでいった。

 全員がリビングに並び終えると、もう一度金属バッドで床を叩く。


「清純学園の生徒は清く美しく純潔でなければならないのだ。それなのにこんな密室で集まりやがって、如何わしいパーティーでもするつもりだったのか⁉」


 クスリでもキメてきたのか、やけに気が立っていた。緊迫した空気が流れ、ジロリと御子柴が辺りを見渡す。すると、遥の方を見てベロベロと舌をなめずり回す。ぞっとした表情を浮かべた遥は俺の背中に身を潜めた。


「男共は何だ⁉ 男がメイクをして女になろうとか頭が可笑しくなったのか⁉ 気持ち悪い‼ 先生や学校はお前たちをそんな奴らにするために教育したつもりはない‼ 今のお前たちの姿を見て、お父さんとお母さんがどんな悲しい顔をするのか分からんのかぁぁああ‼」


「せ、先生……あの……、す、すみません!」


 三年の女の先輩が勇気を出して、御子柴の前に出てきた。


「ん?」

「た、ただ私たちは文化祭の準備で……」


 だが――、


「教育ぅぅぅぅ‼」


 と御子柴が手の甲で先輩の頬を全力で平手打ちした。

 スパーンと先輩がフローリングに転がる。


「目上の人間が喋っている時に口を挟むなと親から習わなかったのか‼ 先生はまだ喋りたかったんだぞぉぉぉぉ‼」


 ドンと倒れた先輩の顔の横に金属バッドを立てた。


「ひぃ!」

「貴様らには教育が必要だなぁ。先生の愛という名の教育がなぁ‼ 貴様らは今、穢れている。穢れきっている! あぁ、これが私の務めだ。私の愛によってその穢れを浄化し、純朴で純粋な心を宿した真の生徒へと生まれ変わらせる‼ そのためにこれから一人ずつ私の愛を注入していく」


 く、狂っている。

 確かに黒い噂を聞く先生ではあったが、ここまでとは思わなかった。

 すると、御子柴が先輩に跨り、服をその手にかける。


「い、いやぁぁぁぁ……やめてください……」

「先生の愛を受けよ」


 御子柴が先輩の胸を鷲掴みしようとすると――。


「なにやってんだ! やめろよぉぉ!」


 涙目の先輩のパートナーだった男子が御子柴に飛び掛かった。

 だが――。


「教育ぅぅぅん‼」


 御子柴はガギリと見向きもせず、男子の顎にアッパーを加えた。

 男子は一発ノックアウトされ、白目を向いてしまう。


「鍛錬が足りんな。だが、これを教えるのも教育。よし、続きだ」


 再度、御子柴がまた先輩に手を掛けようとした時だった。


「やめてください‼ あなたが今、何をしようとしているのか、分かっているのですか⁉」


 怒りの頂点に達した遥が怒鳴る。

 だが――、御子柴は遥を見るとニチャリと笑う。


「おぉ……誰かと思えば、遥じゃないか。君の方から私に声を掛けてくるとは……これは運命か、いや、これは宿命。こうなることもここで出会い、会話することも、遥と私が産まれた時から決まっていたのだ。いいや、産まれる前から私と遥が天国で決めてきたことなのだよ。まさにディスティニー」


「な、なにを言っているのですか⁉」


「分からんのか。君は産まれながらにして、私の伴侶となるべき女性だ。君は私の子をはらみ、私に生涯を捧げ、死ぬまで添い遂げ、私の最後を隣で看取る幸せな人生を送るのだ」


 ほ、本当に何を言っているんだ、この先生はぁ⁉


「だがしかし……だ。君がこんな低知能な俗物が集まる集会に参加して、自らの清純さを汚すとは思っていなかった……。まぁ、仕方がない。私の遥も人間だ。過ちを犯す。私はそんな悪魔の道に落ちた遥を助けるための教師……いや、救世主メシアであり、これぞフィアンセの務めだ。君の教育は最後に念入りに施そうと思っていたが、もう一人の私が言っている。君を今すぐ我が物にしろと。私の愛によって君を染め上げよと。そうだな。まずは私が積み上げた愛の結晶を受け取り給え」


 すると、御子柴が立ち上がり、胸のポケットから大量の写真をばら撒いた。

 それは遥の盗撮写真であり、日常風景から際どいアングルから撮られた物があった。

 遥が転入してからわずか1ヶ月。


「これが私の愛だ。どうだ、嬉しいだろ?」


 遥は自分の近くに落ちて来た一枚を見てゾッとする。

 俺もゾッとした。

 遥が自分の一人暮らしをしている家に入る所が撮られていたのだ。

 これは色々と一線を越えているだろ。


「き、気持ち悪い……」

「ん? 今何と?」

「気持ち悪いって言ったんです‼ あなたは教師失格です‼ あなたに教えてもらうことなんて一つもありません‼」


 遥の言葉に御子柴が顔を酷く歪め、自分の頬に両手で爪を立てて、肉を引き裂いていく。


「違う違う違うぅぅぅううぅう‼」


 頭を抱え、錯乱し、身悶える。


「私が欲しいのはそんな言葉ではなぁい‼ 私の遥はそんな言葉を吐かないぞぉぉぉぉ‼ 遥は私を拒否しない‼ 否定しない‼ 全てを受け入れるはずなのに‼ ぬああ‼ そうか、そうかぁ‼ こいつらによって遥が穢されてしまったのかぁ‼」


「私は穢されてなんかいません!」


「いいや! 穢されている。早急な教育を施し浄化しなければならない。穢れがその体を犯し尽くすのにもうその猶予がない!」


 御子柴はぴたりと動きを止めると、パキポキと指を鳴らし、金属バッドを握りしめる。


「安心しなさい。君のことは必ず元に戻して見せる。私だけを見て、私だけを愛する遥よ。万が一教育に失敗したとしても、それも大丈夫だ。その時は遥を殺して私も死ぬ。そして、一緒に同じ世界にまた転生しよう!」


 そして、特上の笑顔を向けた。


「く、狂っています! あなたと一緒になるなんて未来永劫絶対にありえませんから!」

「あぁ……、可哀想な遥よ。今、助けてやるからな!」

 

 御子柴がこちらに歩いてくる。


 どういう経緯でこんなことをしようと思ったのかは分からないが、遥の言っていることが正しい。目の前にいるのは教師ではない。


――


 そんな奴に、俺の彼女に触れさせるわけにはいかない。

 俺は遥と御子柴の前に割って入る。


「なんだぁ、貴様ぁ⁉」

「口臭いですよ、あんた。もう黙った方が良い」

「なんだぁとぉぉ!! 先生に言っていい言葉じゃないだろぉぉぉ、それぇぇぇ‼」


 御子柴は標的を俺に変更し、バッドを振りかぶる。


「お前も教育ぅぅっぅ‼」


 直線的過ぎる。俺はバッドを片手で止めると、


「―――⁉⁉!?」


 御子柴が豆鉄砲を食らったような顔をした。


 だが、すかさず空いている方の手で俺の顔面を殴りに来たが、その前にクロスカウンターで御子柴の頬に拳を一発ぶち込んだ。


「ふげっ!」


 数メートルは吹っ飛び壁に打ち付けられた御子柴は鼻から血を流しており、一瞬何が起きたのか分かっていなかった。数秒して鼻をさすり、手についた血を見て、自分が何をされたのか理解したらしい。


 おのずと自分の好きな女の隣には自分が絶対に勝てない男がいるということも分かったようだ。

 でも、D組の皆を傷つけ、遥を脅し、怖がらせた罪は重い。

 こんな程度じゃ。済まさない。

 顎を砕く。

 粉々に。

 ずんずんと先生に近づいていくと、バッドを俺に構え震える。


「あ、あふふぁぁあ……ち、近づくにゅぁぁぁああ‼ と、とまれぇぇぇぇ‼」


 俺の怒りの威圧感に気圧されたのか、俺が一歩近づくと、御子柴が怯えた様子で一歩下がる。


 そして、俺は自分が飛び込める間合いまで近づいた。

 物怖じしない俺の態度に御子柴は完全にビビっていた。


 顔は怯えた様子で引きつり、肩で息をして、額に汗をかいている。

 俺は足を踏みしめ、顎に鉄拳を食らわせようとしたが。


「ご、ごめんなさぁぁあいいいぃぃ!」


 バコンと壁に俺の拳がぶち刺さる。

 御子柴は運良く転がっていた瓶に足を滑らして、尻餅をついていた。そして、錯乱した状態の御子柴が転がるように逃げると――台所にあった包丁を手にとり、俺に向けながら今度は近くにいた身躾さんを人質に取った。


「きゃぁ‼」


 身躾さんの首に包丁を当てて言う。


「うへへへ、近づくと、ヤるぞ、私はヤってしまうぞ⁉ 私はデキる男だ!」


 さらにグッと刃を身躾さんに押し付け、身躾さんの首から一線の赤い血が流れ落ちる。


「あんた、教育者失格だよ。それ」

「近づくな、近づくなァァァ‼ 近づいたらぁぁぁ!」

「ちょっと、これまじ……?」


 グイグイと首に刃が入っていく状況に身躾さんの顔も青ざめていた。

 身躾さんが御子柴の方を見て――。


「あ、あんたやめなさい‼ やめなさいって‼」

「うるさい、黙ってろぉ‼」


 異常に焦っている身躾さんなどお構いなしに、錯乱状態の御子柴が持っている包丁の刃がクビに入っていく。


「い、いや……。ほんとに……、まじで……、放しなさい、放しなさいよぉぉ!」

「ひゅ、ひゅるさぁぁい‼ わたしに命令するなぁぁ!」


 ガチンと身躾さんの額を包丁の柄で殴った。

 身躾さんの頭から血が流れる。

 だが――、一瞬。

 身躾さんを傷つけた御子柴が戸惑った表情をした。

 俺はそれを見逃さなかった。


 次の瞬間。


「これは傷つけられた皆の分だ!」


 御子柴の顎に拳をぶち込む。

 バキッと、砕ける音。

 御子柴が身躾さんを放し、ふらりと千鳥足になった所へ、さらに、もう一発。


「これは、遥の分だ!!」

「グヘァ!!」

 

 そのまま頬に拳をぶちかました勢いで地面に叩きつけた。

 御子柴が白目を向いてその場に昇天する。

 一瞬の静寂のち――。


「警察と救急車!」


 俺の声に緊張が解けた男子達が御子柴を取り押さえ、女子たちが110番と119番通報をする。

 

「身躾さん大丈夫?」

 

 身躾さんは頭から血を流しながら、放心状態のままその場にペタリと座っていた。


「なんで……、」

「いや、あそこで身躾さんが殺されるのを黙って見ている奴はD組に誰もいないでしょ」


 そう言うと、身躾さんの眼からポロポロと涙が流れ、自分の顔を手で覆い隠した。


「違う。違います。私、感謝なんて……しませんから」

「? いや、まぁ、感謝されるためにしたわけじゃないけど……」


 なんて生意気な後輩だ! と言いたかった。

 だが、すぐに女子生徒達が身躾さんの応急処置を始める。


 その後、御子柴は警察に連れていかれ、身躾さんと王子他数名の生徒は病院に行くことになり、メイド班の実技演習はお開きとなってしまった。

 俺たちは救急車で運ばれる身躾さん達を見送った後、警察に事情聴取を受け、家に戻り遥の写真を庭で焼いた。


 全く、どうしてこうなったのやら……。

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