第27話 遥の両親の事実と遥との一夜へ

 

 お昼時になり、公園の大きな木の下でシートを開き昼食にする。

 おにぎり、ウインナー、サンドイッチとピクニックの定番のご飯を食べながら落ち着いた緑を眺めながら和む。穏やかで気持ちのいい風が頬を撫でる。

 ここ最近が目まぐるしい毎日だったからこういう癒しの時間って本当に最高だ。


「ミミもご飯食べたい!」


 ミルクを飲み終えたミミが指を口に当てたまま、俺の方を見る。


「何食べたい?」

「パパが食べているの!」


 ミミは鼻をスンスンとさせながら、俺のおにぎりを指さした。

 このおにぎりには鮭が入っている。やっぱり魚が好きなんだな。

 弁当箱の中に入っていた鮭のおにぎりを取り出して、ミミに渡す。

 すると、すぐにおにぎりに齧り付いた。


「んまい! これ美味しいぃ!」


 ミミは眼を輝かせて、パクパクと鮭おにぎりを口に運ぶ。

 これだけ美味しく食べてくれると、作り手の冥利に尽きるというものだ。


「ミミちゃん、ほっぺにご飯粒がついているよ」


 遥がミミの頬についていたご飯粒を取って自分の口に運ぶ。

 ほんと、のどかだ。

 来週からまた始まる過酷な現実に戻らずこのまま三人でずっと過ごしていたい。


「ごはん、美味しかった! ごちそさま!」

「お粗末様でした」


 すると、ミミは俺の所へやって来て、小さく丸くなる。


「パパの所で寝るの」

「おぉ、そうか。寝ると良い」


 ミミの頭を撫でていると、次第に寝息が聞こえて来た。

 俺たちは食べ終わった弁当を片付けて隣に座る。

 暫くするとミミは熟睡しており、幸せそうな寝顔を見ていたら、俺の方も眠くなってきた。


「少し横になりますか?」

「そうだね。遥は?」

「私も今日はぽかぽかなので、眠くなってしまいました」

「じゃあ、少しだけ」


 遥はブランケットを鞄の中から取り出すとミミにかけてあげる。

 俺たちは大きな木を背もたれにしながら、少しだけ寝ることにした。



     ☆



 眼を覚ますと夕暮れ時であり、随分と寝てしまったなと思った。

 俺の肩を枕にしていた遥も俺が起きると眼を覚ます。


「おはよう……ございます」

「もう夕方だけどね」


 そろそろ家に帰るかと思ったが、ミミがいないことに気づいた。ブランケットもシートの上に乱雑に投げ捨てられており、ミミが履いていた靴もない。どこかで遊んでいるのかと思い、辺りを見渡してみたがミミらしい人影は見つからなかった。


「まさか……、誘拐⁉」


 遥の顔が青ざめた。

 あり得なくはない。俺たちより先に目を覚まして、遠くへ遊びに行ったところを魚か何かで誘惑されて、変な男に連れ去られたなんていうのはザラにありそうだからだ。

 俺たちは急いで靴を履くと、ミミを探しに出かけた。

 暗くなったら見つけられなくなるかもしれない。


「時間がないから、別れて探そう!」


 俺たちは公園内を隈なく探した後、駅の方に向かうことにした。


「ミミ~!」


 声を上げて探すが、一向に見つからない。どんどんと日が暮れていき、辺りが薄暗くなってくる。ミミがいなくなってしまうことの不安感や危ないことにあっているかもしれないという焦燥感。せっかくの幸せな関係が壊れてしまうかもしれない恐怖にじわりと背中に冷汗が滲む。


 いや、冷静になれ。

 ミミが行きそうな所を考えてみるんだ。

 好奇心が旺盛なミミのことだ。

 自分が興味のある所に行く可能性が高い。

 公園内の地図を頭に浮かべ、意識を集中させる。


 入口にはアイスクリーム店があったが、あそこは15時には閉まる。入って右にはアスレチック広場があるけど、ミミはどちらかというと遊ぶことより――、食うか寝るかの方が重要だ。

 飲食店は既に閉まっているとなると……、答えは一つしかなかった。

 恐らくふれあい広場にミミはいる。

 あそこには鯉の池があるのだ。

 俺は触れ合い広場の方向へ走る。

 すると、ベレー帽を被ったミミが鯉の池の前で涎を垂らして鯉を見つめているのを見つけた。

 良かった。

 遥にミミが見つかったことを伝えるために、遥に意識を集中させる。

 

『ミミ、どこにいるの。どこにもいかないで! お願い、もうこんな想いはしたくないの!』


 ふと、頭の中に遥の声が流れ込んできた。

 そうか、聖念波ホーリーテレキネシスは念波で会話できるだけじゃない。

 意識を集中をするとパートナーのまで聴くことができるのか。

 だが、遥は相当に焦っている様子だった。


『遥、落ち着いて。ミミは見つけたよ。ふれあい広場の鯉の池の近くにいた』

『良かった。すぐにそっちに向かいます!』


「ミミ!」


 鯉の池の前でジッと池の中を見つめているミミに声をかける。


「パパ! お魚さん、食べたい!」


 俺を見つけると立ち上がり、池の中を指さす。

 本当にうちの娘は食い意地が張っております。


「いや、その中にいる魚は食べられないんだ」

「そーなんだ」

「あと、パパとママに内緒で出かけちゃダメじゃないか。見知らぬおじさんにどこかに連れていかれたら危ないだろ?」


 ぽふっとミミの頭に手をやった。


「ミミはそんなおじさんには負けないから大丈夫だよ!」


 ミミはドンと手で胸を叩く。確かに、俺たち二人を抱えて跳べるほど身体能力が高い。何かあれば、実力行使で危機を乗り切れるだろう。


「でも、食べ物でつられたら、ミミはホイホイと着いて行きそうなイメージがある」

「ん~、ありえる……」

「いや、否定しなさい」

「えへっ」

「パパとママ以外の人に着いて行っちゃだめだぞ?」

「はーい!」


 ミミはにこやかに手を挙げて、また鯉を見つめた。

 全く心配させるだけさせて気楽なものだ。


 暫くすると、遥がやって来て、ミミを見つけるとすぐに駆け寄って抱きしめた。


「ママ?」

「急にいなくなったりしないで下さい。ミミがいなくなって私は凄く苦しかったです」

「ご……ごめんなさいなの……」


 遥の緊張が伝わったのか、ミミが瞳にうっすらと涙を浮かべた。


「私もごめんなさい。私が眼を放してしまったからいけないんです。だから、泣かないで」


 すると、遥がミミのおでこに自分のおでこをくっつけて言う。


「ミミは私たちの大切な宝物ですから。誰かに奪われたり、消えてなくなったりしたら嫌ですからね」

「ミミもママと離れたくない!」

「私もですよ」


 遥はミミの瞳に溜まった涙を拭い、微笑んだ。


         ☆


 公園を出て近くのファミレスで夕飯を食べ終えると、だいぶ夜が更けていた。

 ハンバーグを食べてお腹いっぱいになったミミは俺におんぶされたままウトウトしている。

 このまま電車に乗って戻れば、日にちを跨ぐ前に帰れると思ったが――。


「ミミちゃんのために私の子供の時の服を持っていきたいのもありますけど……、時間も時間ですし、私の実家に泊まりますか? 明日の朝始発に乗れば、学校も間に合いますし……」


「いきなり行って迷惑じゃない?」


「そんなことありません。それと、景太には知っておいて貰いたいことでもあるので……」

「?」


 と遥の意味深な顔に何か行かなければならない気持ちに駆られ、遥の実家にやって来ていた。

 子連れで帰ったら、遥の両親にぶん殴られやしませんか?

 しかも、菓子折りの一つもなく、どんな顔を引っ提げて天音さんの両親に会えば良いのか分からなかった。

 第一印象悪過ぎですぜ。

 だが――、家が見えてくると遥の実家に光が灯っていなかった。

 二十二時は超えている時間だが、流石に寝るのは早過ぎだろう。


「週一で掃除には来ているので綺麗だとは思うのですが……」


 ガチャリと、玄関を開ける。


「お邪魔しまーす」


 家の中は真っ暗だった。人の気配はない。

 遥が玄関を上がり、俺も後を着いて行く。

 リビングの隣の襖を開け電気をつけると――仏壇が見え、そこには二つの遺影があった。

 写真の見た目は四、五十代くらいの男女。苗字は天音。

 年頃の娘を一人暮らしさせるというのは何か理由があると思ってはいたけど……。


「いきなりでごめんなさい」

「謝ることではないと思うよ」

「でも、びっくりしちゃいましたよね?」

「それはそうだけど……」

「今は父方の祖母が私の保護者になっていて。お婆ちゃんは地方にいるから一人暮らしをしているんです」

「そう……だったんだ。ご両親はいつ?」

「私が子供の頃に。今日みたいに家族で旅行に行っていて、遊んだ後、その帰り道の山道を車で走っていたら対向車が突っ込んで崖の下に落ちてしまって、車のフロント部分はペシャンコで、両親はもう助からない状態でした」


 ……そうか。ミミがいなくなった時に遥が異常に焦ったのは、両親が急にいなくなってしまった経験があったからだったのか。

 大好きな人にいなくなってもらいたくない。

 もう、誰かを失う悲しみを味わいたくなかったのだろう。

 両親がいなくなっていて、異世界では無能聖女と虐げられて、遥の人生がハードモード過ぎる。

 どれだけの苦悩を抱えて生きてきたのか。

 好きな人のために何ができるか。

 俺には人を蘇らせる力もないし、治癒する力もない。

 だから――。


「辛かったね。よくここまで頑張った」


 寄り添うことしかできない。

 ただ、遥の気持ちに寄り添う。

 そう言うと、ぶわっと天音さんの眼に涙が溜まり溢れ出る。

 頑張り屋な遥のことだ。

 人知れず我慢してここまで来たのだろう。

 誰かがその苦しみと辛さを受け止めてあげられるように。

 遥の心が少しでも楽になれるように、遥を抱きしめてあげた。


「遥がいて欲しい時までずっと隣にいるから」

「はい」


 暫くの間、遥を抱きしめていた。

 すると、遥は顔を上げ、安心した顔を浮かべる。


「ありがとう。景太に抱きしめられていると本当に安心します。景太が私の隣にいてくれて、本当に良かったです」

 

 そのまま優しく口づけをされた。


「お父さんとお母さんに怒られないかな」

「大丈夫です。いつも私の彼はとても優しくて、強くて、素敵な方なんだって、紹介していますから」

「そ、そう?」

「はい、景太のキスだけでも分かります。景太のキスは優しくて、その、凄く私を満たしてくれますから。私、凄く幸せになれます」


 何度もするうちに、上手くなったのだろうか。

 面と向かって言われると超絶嬉しかった。


【もう、今日は手を繋いで添い寝したらお互いに好きにしちゃいなさい】


 急にそんな命令が下った。


――――ふぁ? 好きにしていい? 


 それが何を意味するのか……。


 遥を見ると、その頬を真っ赤にして俺を見つめ。


「はい……。景太となら――」


 そう、こくりと遥が頷いたのだった。


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