第24話 魅惑の後輩がグイグイ来て困る
翌日から文化祭の準備が始まった。
放課後、メイド喫茶の完成図を元に衣装・食品・制作部門に分かれ、道具の買い出しやらデコレーションやらの話し合いが始まる。
俺たちメイド班は衣装部門に属しており、主な仕事は文化祭当日に着るメイド服を作ることだ。ネットで買えば良いのではないかという意見もあったが、合同文化祭だということで、皆の思い出に残るように衣装も作ろうということになり、衣装部門の数名で買い出しに出ていた。
だが――。
「八代せんぱーい♪ これ瑠奈に似合っていますかぁ?」
駅前のショッピング街の衣服店にて。試着室でくるりと一回転をして、ピースのポーズを取る
「み、身躾さん? 俺たちはメイド服を買いに来たわけではなくて、その元となる生地を買いに来たんだよね……」
「え~、そうだったんですか? 瑠奈知らなかった。てへ♪ で、どうですか?」
スカートの両端を釣り上げて、にこりと笑う。
一年生の
権力と金と美貌に持ち前の明るい性格と溢れんばかりの全力陽キャのオーラに俺は気圧されていた。
そう、この子――、とにかくグイグイ来るのだ。
「あ、あぁ……どうなんだろうか……」
「もぅ、先輩? こういう時は嘘でも女の子に可愛いって言ってあげないと駄目ですよ?」
人差し指を立てながら、俺を
いや――、正直似合っているとは思うのだけど、さっきからずっと、後ろから視線を感じているのだ。
その正体は遥で、その手には生地を持っている。
どうやら、生地の購入は完了したらしい。俺たちもリボンなどの装飾品は購入を終えているのでこれから学校に戻る予定だ。
「そろそろ、学校に戻らないとね?」
「え~、私、もっと先輩と一緒にいたいなぁ~」
「他の人たちも待っているからさ、ね?」
俺が催促すると、ブスッとした顔を向けて拗ねる。
本当に手のかかる後輩だ。
まるでアイドルの機嫌を損なわないようにするマネージャーのような気分だ。
「先輩が言うなら……しょーがないかー」
シャーと試着室のカーテンを閉めた後、「じゃーん♪」とまた絶妙に制服を乱した格好で出てくる。これ、確実に男ウケを狙っているよなぁ……。
こういうのって女ウケが悪いっていうのは火を見るより明らかで……。
「早くしてくれませんか? みんなが待っています」
ズンと遥が俺より前に出て、
「わ~、天音先輩こわーい。眉間にしわが寄っちゃうとせっかくの美しい顔が台無しですよ?」
「私のことは気にしなくても大丈夫です」
「分かりましたー。眉間にしわおばさんのことは気にしないようにしまーす」
「お、おば⁉」
ゴオゥッと遥の中に戦いの炎が灯った気がした。
対する身躾さんは鼻歌を歌いながら革靴のつま先をトントンと叩いて――。
「じゃ、帰りましょーか。せーんぱい♡」
俺だけを見てニコッと笑う。
この後輩に底知れぬ強さを感じたのだった。
☆
カフェテリアに戻ると、制作班が看板にする予定の板をのこぎりで切っていたり、デコレーションのアイデアなどを出したりしていた。俺たち衣装班は男子が採寸を受けている間、女子たちの間でどんなメイド服にするのか議論が交わされていた。
正直、男子は手芸などやったことがない奴が大半なので、役に立たない。採寸が終われば、チームの男子の衣装は女子が作ることとなり、男子は他の部門の手伝いに回る。俺の衣装作りは遥に任せることになり、制作班の手伝いをしていた。
まぁ、主にのこぎりで木材を切る簡単なお仕事なので、楽だ。
昨年まで文化祭などの学校イベントとは全く縁のない男で、死んだ魚のような眼をして裏方に徹していたが、今年は違う。
「八代君、この木材のカットをお願いできるかな?」
「はい!」
「こっちの手が足りないんだ。誰か手伝ってくれないか?」
「今、行きます!」
「おぉ、助かるよ!」
「八代君って生徒会の会計だったよね? ちょっと予算についてどうやりくりすればいいのか、相談したいのだけど……」
と皆の役に立っており、充実した時間を過ごしていた。
まぁ、遥と
「いったーい!」
身躾の声と一緒にバコーンと何かが地面に倒れた音がした。
「ご、ごめん!」
「うぐぐぐ……、なにすんのよ……」
見れば、
「み、
「ダメかも。結構痛いかも……」
「あばばば、やってしまっただぁ! 僕はなんてことを!」
ポッチャリ君は罪の意識から顔面蒼白であり、
「誰か、保健室に連れて行ってやってくれ! そうだ、八代君。君にお願いしたい! 君たちはチームだろ?」
「あ、あぁ…………。そ、そうだな」
皆の視線を受けながら、俺は
「立てる?」
「足も挫いちゃっていてちょっと無理かも……先輩にお姫様抱っこして連れて行ってもらいたいかも」
過剰な注文過ぎるわと思ったが、
しかも、俺がみんなの注目を浴びていた。
遥の方をちらりと見る。
すると、しょうがないと言った顔でこくりと頷いた。
俺は
「じゃあ、保健室までおんぶして行くから乗って!」
「ちっ」
「?」
「あ、ありがとうございます! さすが八代先輩です!」
のそのそと彼女が背中に乗ったのを確認すると、立ち上がって保健室へ向かう。
相変わらず、頭がくらっとしてしまうほどの甘い匂いと、胸が大きいゆえ背中に柔らかい感触が当たる。
ほんと女性の武器のレベルが高水準である。
「先輩って背中が大きくてがっしりしていますね。男の人って感じがして凄く落ち着きます」
「昔はもやしみたいでそんなんじゃなかったんだけどね」
「そうだったんですか、全然、想像つきませんでした」
「これでもモブ歴は長いもので……。今もモブのようなものですが……」
「そんなぁ! 私はモブだなんて思いませんよ! その先輩を初めて見た時から、カッコイイ人だなぁと思っちゃったくらいですから!」
「あはは……ありがと」
「先輩って意外と一年生にファンがいるんですよ?」
「そ、そうなの?」
「学園のアイドルである天音先輩を悪漢で有名な先輩から助けたヒーロー、生徒会にいきなり抜擢されて今最も旬な男第一位です」
「ははは……過大評価だよー。たまたまだから!」
「そんなことないですよ。瑠奈のこともこうやって面倒を見てくれる優しい先輩なんだって分かっちゃいましたから。てへ!」
横を振り向くと彼女が背中から乗り出してきて、俺の顔を見る。
ふんわりと甘い香りが漂ってきた。
そして、そっと耳元でえっちなASMRのような声で囁かれた。
「今日で……私も先輩のファンになっちゃいました♡」
ぞくぞくと耳がもどかしく、背中に悶えるような感覚が走る。
この子、やり手だわ。
遥と付き合っていなかったら余裕で転がされていた自信がある。
俺はふぅっと一息ついて、心を整えて俺たちは保健室へ足を踏み入れた。
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