第二部

第19話 遥たちの過去、そして可愛い愛娘ができました

 とある夢を見た。

 

 神官のような服を身に纏った遥と白銀の甲冑を装着した刀華先輩、その後ろには大楯を持った筋骨隆々な巨体の女性、そして、背丈の小さい魔法使いのローブを来た少女が豪華絢爛ごうかけんらんな城の玉座の間にいた。


 その煌びやかな椅子がおかれた玉座の前。


 立派な角を折られ、ボロボロになった黒のボディスーツのような物を来た美人な女性が刀華先輩の前で両手をついて跪いていた。


 その女性の首元に刀華先輩が光輝く聖剣を突き立てる。


「魔王、これで終わりだ。君は随分と人間を侮り過ぎた。弱者だって己の内に誰かを噛み殺せる牙を持っているものだよ」


「……ははっ。そうだな。勇者よ、お前の言う通りだ。大いに反省しよう。人間を蹂躙じゅうりん傲慢ごうまんになっていた我々魔族に対して、自らも弱者と偽り油断させ、我が配下達を各個撃破したお前たちの手腕は実に見事だった」


「そりゃ、どうも」


「まぁ……、決め手は聖女だったが」


「そりゃね。聖女の加護で私たちの力は何倍にも跳ね上がるからね。君に本当の力を悟られないように普通の聖女を演じてもらっていたわけだ」


「くはっ! 気づかなかったとは本当に驕りが過ぎたよ。まったく……、はははっ! 本当にっ……!」


 魔王は遥を見て、悔しそうに顔を引きつらせた。


「君たち魔族は人間を殺し過ぎた。その罪を償う覚悟はできているかい?」


「罪? そんなものは一ミリもないさ。弱者は強者に狩られるしかない。それが自然の摂理だ。今回は知力も膂力も魔力も運も、全てお前らの方が上だったから私が狩られる側になっただけ。罪を償う気などさらさらない」


「本当に君は救えないね」


「何とでも言え。だが、これで勝ったと思うなよ?」


「なんだい? 最後の最後まで醜い負け惜しみかい? 実に魔王らしい回答だ」


「ふっ。さぁ、さっさと私の首を跳ねるがいい」


「そうさせてもらうよ」


 刀華先輩の眼が据わり――。

 タン。

 魔王だった物はニタリと笑うと、灰になって消えていった。


        ☆


 刀華先輩と遥たちは王国に凱旋し、王様たちや国民に盛大に宴が開かれ祝福されていた。

 そして――、その夜、英雄たちが集う王国の一室にて。


「……これで私たちの旅は終わりだね」

「はい。本当に長かったです」


 遥が手に持っていた杖をギュッと握りしめる。


「これで、私たち、元の世界に帰れるんですよね……」

「はい、そうですよ」


 パァと四人の前に天使のような羽を生やした女神が現れる。


「魔王討伐ご苦労様でした。これで異世界リントブルムは救われました。刀華さんと遥さんには本当にお世話になりました」

「いえ、エルマ様。こちらこそ」

「四年か、私たちはもう成人してしまっている年齢だな。まぁ、お酒が飲める年齢でもあるが。くっ。青春を逃してしまったよ」

「……あははは。そうですね」


 二人はがくりと項垂れた。


「安心して下さい、二人とも! 女神たる私の力で今の力を持ったまま召喚される四年前くらいに戻してあげられます!」


 エルマ様はむふっと両手で頑張りますのポーズをした。


「だいぶアバウトだね」

「そうですね」


 ジトーと二人はエルマ様を見つめる。


「ハルカ、トウカ、行ってしまうのか?」


 魔法使いの少女が二人に駆け寄り、遥の服の裾を掴む。

 遥と刀華先輩は顔を見合わせる。


「すまない、ニト」


 刀華先輩がニトと呼ばれた少女の頭を撫でるとニトが遥のお腹に顔を埋めた。


「この世界にずっといて欲しい。二人がいたから私はどんなに苦しくても頑張れたのだ」

「…………ニトちゃん」


 まるで姉に泣きつく妹のようだった。

 場がしんみりとしてしまう。


「たぁぁ! 私は沁み垂れたのが大嫌いなんだよ! 最後くらい元気に笑って別れようぜ!」


 ひょいと巨体の女性が遥にくっついていたニトの首根っこを掴み引き剥がす。


「やめろ、この脳筋!」


「脳筋じゃねぇ。ヴィクター様だっつてんだろ! 最後まで間違えるな、チビ助!」


「チビ助言うな! 私はチビ助ではない! 我が名は世界の叡智を知り尽くし、その叡智によって混沌たる絶望の世界に一筋の光を灯した稀代の天才魔術師ニトロ・ヴィ・リュミエールだ! 私とハルカのハグを引き離す奴なんて脳筋で十分だ!」


「はいはい」


「反応が薄いわ!」


 ポカポカと両手をグーにしてニトがヴィクターを叩く。


「いってぇーな、おい!」


 ニトが暴れ回るので、ヴィクターがギュッとハグをした。

 バキボキ、メキメキ。

 ニトの体からそんな音が聞こえてきた。


「どうだぁ、たまには私のハグも良いだろう?」

「ぐ、ぐぁ……ぁぁぁ。ぜ、ぜ、ぜんぜん、よくない……」


 ヴィクターが二人の方を向いて言う。


「まぁ、こっちの世界は心配しなくていい。まだ世界は荒れちまっているが後は任せな。みんなで仲良く復興させてもらうよ。だから、お前たちは後のことは心配しねーで、元の世界に戻って自分の人生とやらを生きな!」


 ヴィクターはへへっと、照れ臭そうに鼻先を指先でこする。


「すまない。あとは頼んだよ。君との旅は最高に楽しかった、ヴィクター」

「おうよ! 私もだ 」


 刀華先輩がヴィクターに手を差し出し握手する。

 そして、遥も。


「おら、お前も挨拶しな」


 ヴィクターがニトの拘束を解く。

 ニトは刀華先輩と握手し、


「ハルカ、向こうの世界に戻っても、私を……私を忘れて欲しくない……。いや、忘れないように……そうだ、エルマ様、私の作った魔導アイテムをハルカに持たせたい!」


「そんなことして大丈夫なのかぁ?」


 ヴィクターがしかめ面をする。


「えぇ、構いませんよ。私が何とかしてやります! これが異世界攻略特典ってやつです!」


 むふっとエルマ様が人差し指を立てて偉そうに振舞う。

 ニトがアイテムボックスから、数々の自作アイテムを遥に渡す。

 謎の水晶玉に、謎のデッサン人形、その他諸々。


「じゃぁ、ハルカに危害を及ぼす奴らがいた時、そいつらの記憶を改竄してポンコツにするための【記憶の書き換えメモリーリライト】。ハルカが寂しくなったら、【模造人形ダミードール】で私を思い出して欲しい。こいつはピンチの時にも役に立つ。術者の盾にも、身代わりにもなれるし、魔法封じもできる! あと、私の髪の毛一式……」


「そんなもんどこで使うんだ‼ お前は余計な物を渡し過ぎなんだっつうの!」


「あぅ!」


 ゴツンとヴィクターがニトの頭に拳骨を食らわす。


「ありがとう、ニトちゃん。大切に使わせてもらうね」


 遥がぎゅっとニトを抱きしめた。


「うっ。ハ、ハルカぁぁぁ……。やっぱり、行かないでぇ……」


 ニトの瞳からポロポロと涙が流れていた。


「ごめんね、ニトちゃん。本当にありがとう」

「う、うぐ。ふぐっ。わぁぁぁぁぁぁぁん‼」


 一頻り抱きしめ合った後、二人は離れる。


「では、良いかしら?」


 刀華先輩と遥がエルマ様の作った魔法陣の中に入った。


「遥、元の世界に戻ったら、私を訪ねて欲しい。君は私の永遠の仲間だ。君への援助は惜しまない。そして、私はきっと君の力になれるはずだから」


「はい。そうさせてもらいます」


 遥と刀華先輩が握手を交わす。

 二人の足がキラキラと消えていく。

 すると、エルマ様が遥に微笑みかける。


「【聖愛の契り】もちゃんと使えますからね。あなたは私と同じで男っ気がなさ過ぎるから将来がとても不安です。女神の仕事に一生懸命に生き過ぎて、誰からも相手にされなくなって婚期を逃している私と同じになってはだめですよ! だから、もしこの魔法を使うことがあったなら、私は全力であなたをイチャイチャさせます。しないと廃人にさせます」


「……は、はい」

「ははは、遥のことを想ってくれる良い男性と巡り合えると良いね」


 刀華先輩が高らかに笑い、そして――。


「では、またいつか!」

「ハルカァァァ!」


 ヴィクターに抱っこされながら、ニトが遥に手を伸ばすと二人は姿を消した。


        ☆


 おぼろげに眼を覚ます。

 なんか凄く濃い夢だった。


 【聖愛の契り】で遥と繋がっているからか、遥の異世界での出来事を夢で見たのかもしれない。仲の良さそうなパーティーだったな。


 きっと遥は厳しい環境ながらも楽しい異世界の旅を送っていたのだろう。

 俺もそんな異世界ライフを送って見たかったなぁ……と思ったりもした。

 そして、本日の朝はいつもと違い、騒がしかった。


「パパ、ママが朝ご飯だって!」


 ゆっさゆっさと俺の体が左右に揺らされている。

 ママ……、母さんでも帰って来たのか? 

 いや、その前に俺は一人暮らしで、パパではない。


「起きないと、ミミがパパの分もご飯食べちゃうからね!」


 それは困る。

 俺は朝ごはんをしっかり食べないと、一日活動できないタイプなんだ。

 体を横にすると、にんまりとした猫耳少女の笑顔。

 そうだった。

 昨日、捨て猫を拾って、俺の魔法で人間になったんだ。

 

 彼女の名前はミミ。メス猫でフサフサの耳が特徴的だったからという理由で遥が命名した。昨日は俺たちのことを主様と呼んでいたが、堅苦しいのと、どっちのことを言っているのか分からないから、それならば……パパとママにするということになった。


 いやー、彼女と子供が一気にできちゃったわ。

 ほんと、人生何が起こるか分からんってこのことだわ。

 

 俺はぼんやりとベッドから起き上がると、ミミは「ママ~、パパが起きたよぉ! ナデナデしてぇ!」と甘えたがり全開で俺の部屋を出て行った。


 ミミの見た目は自身が子猫だったからか、背丈見た目が小学一年生くらいであり、その身に着ていた俺のTシャツ一枚だけで膝丈くらいまであった。


「キャットケースより、子供服でも買いに行かないといけないかな……」


 ぼりぼりと頭を掻きながら、思う。


 そういや、こっちもだいぶファンタジーになってきていましたわ。


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