第4話 風紀委員のやべー奴

 朝七時、早朝ランニングを終えた後、朝ご飯を作り終えた。


 ナスとお豆腐の味噌汁に、ホッカホカの白ご飯に、お惣菜。

 シンプルだけど、ヘルシーにして、健康に気を使った朝ご飯だと思う。


 高校に入学して以来、帰宅部の俺は、学校が終わってから時間を持て余していたため、自分を鍛えるために充てていた。

 

 勉強に、ランニング、土日は駅前のジムに行って体を鍛える。


 あとはラノベと漫画の新刊の発売日には必ず駅前のアニメイトに行き、推しアニメのフィギュアやグッズがあったらお金の許す限り購入する。


 最高のオタ生活を送っていたのだが、せっかく天音さんという俺には勿体なさ過ぎる人とイチャラブ生活を送れるようになったのだ。


 もっと青春を謳歌するべきだろうと死にかけてみて改めて思った。


 そして、今日の俺の調子はすこぶる良かったというか異常だった。

 気分が良すぎてダッシュをしたら、いつの間にか道路を走るバイクと並走していて、運転手の顔を引きつらせてしまったのだ。


 軽く世界を超えた瞬間だったね。


 魔法で体の作りでも変化したのだろうか。

朝シャンをした時にお風呂の鏡に映る俺の眼にも変化があった。


 瞳に薄っすらとロザリオのような模様が刻まれており、厨二病全開の展開に心が震えたね。天音さんも聖女の加護を付与したとか言っていたし、何か変わったのかもしれないな。


 今度、時間がある時に聞いてみよう。

 テレビをつけると、朝のニュース番組で昨日のニュースが取り上げられていた。


【昨晩、K県K駅のスクランブル交差点で大型トラックがガードレールに突っ込み、運転手と歩道を歩いていた会社員の中年男性が事故に巻き込まれ意識不明の重体となる事故がありましたが、両名とも病院に緊急搬送され一命を取り留めました】


 そう、俺が事故に遭ったという事実は天音さんが言った通り、内容が丸々と入れ替わっていたのだ。

 これを天音さんがやったのか――。


「とんでもない人だわ。異世界帰還者すげー。世界の支配者になれるわ」


 と朝食を食べながらポロリと言葉が出た。

 今日の朝食は一人だ。

 とは言っても、いつも一人なのだけどね。

 

 俺が高校に入学してから父さんが海外出張しており、母さんもそれについていったから家には俺しかいない。

 たまに母さんが帰ってくることがあるが年に三回あるかないかだ。

 気ままな一人暮らしをしており、自由そのもの。

 陽キャのパリピなら女の一人でも連れ込んでイチャコラを決め込んでいるに違いないが、俺にそんなことできるはずがない。


 ズズッと味噌汁を啜ると、塩味が口に広がりホッと一息つく。

 昨日死んでいたら、この朝食の味も感じることもできなかったのか。

 死にかけてみて分かる。


 朝に味噌汁をすすってホッと一息をつく……、そんな些細な日常が実は有難かったりするもんだと。

 

 つくづく天音さんには感謝をしなければならないと思った。


 朝食を食べ終えて洗い物を済まして作っておいた弁当を鞄に入れて、学園に行く準備をしていたら――、


【授業の開始までにパートナーと恋人繋ぎをして、キスをしなさい】


 と命令が入った。


 すると、ドクンと胸が高鳴り、天音さんを求め、苦しくなる。


 すぐさまスマホにもメッセージが入った。

 

 天音さんからだ。


【天音】:初めてのメッセージがこんなことでごめんなさい。

   キス……したいです。学園の屋上で待っています。

 

 二日連続のキス。

 ラブラブカップルなら当然だってか⁉

 だが、この命令を無視することはできない。

 お互いに廃人になる運命は嫌だからな!


【八代】:OK!

 

 と俺は返し、急いで学園に行こうと思ったが、鞄を持って洗面所に行く。

 そして、念入りに歯磨きをした後、家を出た。


         ☆


――私立清純学園きよすみがくえん

 

 生徒を清らかで誠実で純粋な紳士淑女へと教育し、世に送り出すことを校訓にしている昔ながらの伝統校で、一流・有名大学への進学率の高さや一流デザイナーが手掛けた制服が可愛いと話題で女子人気が殺到し、女子レベルが高く天音さんを筆頭に可愛い子が多い。

 

 校風から男女の付き合いは慎ましく、お淑やか。

 一部の例外はあるものの実際に付き合った男女は卒業するまで手を繋ぐだけという慎まし過ぎる恋愛をしている奴の方が多い。

 

 全くを持って学園の校風をその身を持って体現してくれている彼らには頭が上がらない。そして、これからそんな清純を謳う学園の中で不純を致すことに少し心が痛むが――。


 うん、仕方のないことだろう!


        ☆


 二年D組の教室。

 教室ではグループを作って談笑している奴、読書をしている奴、勉強をしている奴と、朝の学園とはいえ八時ともなれば登校している生徒の数もそれなりに多かった。

これは反省点だ。


 次からイチャコラをかます時間と場所を変えるべきだと思った。

 

 なぜなら、カーストトップの天音さんが屋上に向かった後を、学園では知名度も何もない天音さんの後ろの席の男というどうでも良さそうなポジションにいる男が通ったのを見た人がいれば、芸能人の不倫びっくりのスキャンダルになるのは間違いがないからだ。


 学園に広まれば、学園裏サイトに【八代景太は天音さんを犯した強姦魔】と虚偽の書き込みをされたり、最新AIで俺が天音さんを犯しているフェイク動画や画像を作ってネットに拡散したりして、俺の信用を失墜させ自主退学に追い込み、天音さんの隣から引きずり落とそうとするなんてことは十分にあり得る。


 キスをしている場面なんて写真におさめられた日には、家に無数の生卵が投げ込まれたり、殺害予告が届いたりするかもしれない。


 考えすぎかもしれないが、あり得なくはない。

 昨今の恋愛絡みの炎上は堪らなく怖くてねちっこいのだ。


 そして――、天音さんとのイチャラブを邪魔されるということはお互いに廃人と化し、人生の終焉に直結する。


 それだけは絶対に避けねばならない。

 ふと、こちらを見ている視線に気づいた。


 さっそく天音さんのファンであろう数人の女子たちが教室の入り口から覗いていた。


「天音様がいないわ。今日はお休みかしら?」

「いえ、少し前に天音様が登校するのをこの目で見ました」

「では、いつものようにカフェテリアでお茶をしているのかもしれませんわね」

「コーヒーカップを持つだけで絵になる天音様は素敵です!」

「今日もそんな天音様を見れるなんて私たちは幸せ者ね!」

「えぇ、天音様のご尊顔を拝めることに感謝しなければなりません!」

「「「きゃーーー、今日も私たちって……幸せものぉ!」」」


 と、彼女たちはお互いに両手を握り合ってぴょんぴょん飛び跳ね、ミーハー全開だ。


 危ない、危ない。

 考えているそばから敵襲だ。

 彼女らの目を盗んで屋上まで行かなければいけない。

 空気になるんだ、空気に。存在感を消して薄ーい存在になるのだ。


 小学生から今まで隅っこで影の薄い人間だった俺のことだ、実に容易い。


 う、言葉にしたら急に胸の奥が痛みだしてきた……。

 俺はミーハー共がカフェテリアに移動し始めたのを見て、席を立ってドアまで向かう。

 

 そして、後ろから彼らが階段を降りていくのを確認し、その流れで屋上へ向かおうとしたが――。


「待て、貴様は粛清対象だ」


 冷徹な声にゾクリと背筋が凍った。

 だが、俺にかけた言葉じゃない。

 一階へ向かうミーハーたちの後ろに高身長のダイナマイトスタイルな女子生徒が立っていた。


 シンメトリーな銀髪ボブヘアー、容姿は整っていて、天音さんと同じく美人と形容したくなるが、殺気立っているその雰囲気はラスボスの魔王そのもの。


 その腕には風紀委員の腕章が巻かれていた。


 風紀委員のくせにその銀髪は如何なものかと突っ込みたくなるが、あれは地毛らしい。

 彼女は俺と同じ学年で名前は確か……佐渡さど・サディ・ストゥーレ。

 北欧と日本のハーフで、この清純学園の風紀委員長だ。

 

 佐渡さんがミーハーAに壁ドンをして言う。


「貴様ら愚民どもの桃色怪電波を学園に垂れ流すな。非常に不愉快で、不潔極まりない。その電波は受信した者の脳内を犯し、学園の風紀だけでなく、秩序も乱しているのが分からんのか?」


「そ、そんなつもりは! 私たちはただ天音様を一目見たかっただけで……」


 ミーハーAは涙目で完全に佐渡さんに気圧されていた。

 佐渡さんが彼女の顎をクイッと指で持ち上げる。


「天音【様】ねぇ……。お前は今自分が置かれている状況を理解できていないようだな。良いだろう、貴様らは今日から三日間、風紀委員会室に通え。その不純な心が清らかになるようにその性根を根本から叩き直してやる」


「い、いや――、む、無理……で……」

 

 佐渡さんの要求を拒否しようとしたが――。


「んっ……ぁ……ぁっぅ……」


 佐渡さんの人差し指がツツツとミーハーの子の首筋から胸の先端まで艶めかしく辿り――。

 ピンと弾くと、ミーハーAが下唇を噛みもだえた。


 なぜか周りからキャーなんて黄色い声も湧いて来た。

 

 えっ、風紀を乱そうとしているのはあなたの方じゃないですか⁉

 

 そんな文句を言いたくなってしまいたくなる佐渡さんはキスでもしてしまいそうなくらい顔を近づけて言う。


「………………来れるな?」

「…………は、はい」


 とミーハーの子は足をがくがくと震わせてその場にパタリと崩れ落ちた。


「良い子だ」


 佐渡さんはミーハーの子の頭を撫でると俺の方を見た。

 いや、俺ではない。

 その視線の先は――天音さんの席だ。


 佐渡さんは天音さんの席を蛇のような眼で見つめ、舌で口元をペロリと舐める。

 俺は認識を改める必要があった。


 警戒するのはミーハーだけじゃなかった。

 いや、最も警戒しなければならないのは――この佐渡・サディ・ストゥーレだと。

 

 佐渡さんがその場を去ると、緊迫していた空気が和らぐ、俺も息をするのを忘れてしまっていた。その後、俺は天音さんに会うために、空気と化して教室を出た。


 あの蛇のような眼をした佐渡さんを思い出す。俺の歩いた痕跡すらも残してはいけない。


 何度も誰にも見られていないことを確認しながら、屋上へ向かって走った。

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