第3話 (R)魔法のキスの制約


 ぐぅとお腹が鳴る。

 気づけば時刻は十七時を回っていた。

帰りにスーパーのセールに行くつもりだったが、今日は残り物にでもするか。

 そう思ったら――。

 

 ドクンっと、体を流れる血液が沸騰しているような感覚、何かが体の内から全身を焦がしている。

 

 そして――物凄く天音さんのことが……恋しくなった。

 

 さらに、頭の中で何者かが【五分以内にパートナーとキスをしなさい】と訴えかけてくる。

 な、なんだこれは……。


「すみません。……これが【聖愛の契り】の制約なんです」


 天音さんを見れば、天音さんも俺と同じく顔を紅潮させていた。


「お願いがあります……キス……させてくれませんか?」

「えっえええ⁉」

「そうしないと、ダメなんです!」


 顔が紅潮した天音さんは俺を覆いかぶさるように押し倒し、間髪入れずに唇を重ねた。


 キスをすると、体の熱が落ち着いていく。そのまま数秒間、唇を重ね合っていると心地よさが広がっていき、目を開けると、天音さんの長い睫毛が見えた。


 天音さんが目を開け、そっと、恥ずかしそうに眼をそらしてから唇を離し、少しの間、姿勢を正したままポヤッとした顔をしてこちらを見ていた。


 俺もキスの余韻に浸ってしまい、お互いにじっと見つめ合っていた。


「いきなり……すみませんでした」

「いや、だ、大丈夫! あっ……でも、俺の上から早く退いた方が良いかなぁと! 誰が来るか分からないし!」


 天音さんが丁度俺の腰の上あたりに乗っている体制を誰かに見られたら、やばい。


「っ……そうですね!」


 天音さんはハッと我に返ると、馬乗りを解いてベッドから降りて身だしなみを綺麗に整え小さく咳払いをして言う。


「【聖愛の契り】は女神エルマ様を介して聖なる愛の契約を対象者と結んであらゆる傷や病を治し、聖女の加護を付与するものです。しかしこの魔法には制約があり、私と契約者パートナーはその……恋人……、ラブラブカップルのような関係を築く命令が下って、強制的にラブラブするように魔法が働くのです!」


…………なにぃ?


「例えばキスをしないと、先程みたいに体を内から焦がすような感覚に苛まれますし、この魔法が出す命令に逆らうと契約不一致により、魔法に精神を破壊され廃人になってしまいます!」


「……えぇぇええええ⁉」


「だから……その……お互いに廃人にならないためにも、私たちは、毎日ラブラブカップルになる必要があるのです!」


 天音さんがこの魔法の使用を渋った理由が分かった。

 もし死にかけたパーティーメンバーに使ったら、年中発情&ラブラブしなければならなくて冒険の邪魔にしかならなくて俺も使いたくない。

 

 今はそんな危険がないから使えたということだ。

 

 だが、お互いに告白もしていないのに、ラブラブカップルになる。

 色々と段階をすっ飛ばしている気がしてならないのだけど、天音さんはそれでいいのか……。


 いや、俺を助けるために仕方がなかったのだ。


……天音さんが不安そうに俺の答えを待っていた。


 ここで日和ひよるとかありえないだろ。

……そんな奴、ヒロイン見捨てて逃げるクソ主人公じゃないか。

 俺は絶対にそんな奴を許さねーし、いたらぶん殴る。

 だから、男になれよ、バカやろう。

 隅っ子族で影が薄いモブ野郎の俺に課せられたのは、カーストトップの天音さんとイチャラブをこなすことだ。

 これに何の不満がありやがる。

 てか、俺が断ったらお互いが廃人になるのだ。


 天音さんの損失は世界の損失だ。

 拒否権なんて存在しない。


「事情は分かった。これからよろしく……で良いのかな?」

「はい、こちらこそ……よろしくお願いします」


 天音さんはほっとした顔をしてペコリと一礼すると、椅子に立て掛けていた学生鞄を持った。


「それと瀕死の人がその場で息を吹き返したと世間に知られるわけにはいきませんから、事故は異世界アイテム【記憶の書き替えメモリーリライト】を使って、トラックがガードレールに突っ込んだということになっています」

 

 異世界のクリア特典で貰ったりしたのだろうか。

 どうやら万能な異世界アイテムがあるらしい。


「だから、明日は何事もなく学園に来てください。あと、連絡先は交換しておきましょう。何かあった時、困りますから」

「わ、分かった」


 お互いにスマホを取り出して、連絡先を交換する。

 母親しかいなかった友達欄に一人追加された。

 ん? 一瞬、寂しさが過ったが気にしないようにしよう。


「では――、今日は帰りますね」


 天音さんはスタスタとドアの方まで歩いていくと、ドアに手をかける。

が、とことことまたこちらに歩いて来て、俺の目の前にやって来ると――。


「私のお婆ちゃんに良く言われていました。助けてもらったお礼は必ずするべきだと。だから、これはお礼ですし、これからの挨拶のようなもの……ですから」


 そして、そっと俺の頬に唇を添えた。


「…………」

「………また明日」


 俺はただ茫然と頬を赤らめた天音さんが駆け足で保健室を出て行くのを見ていた。

 不意打ちのキスに頭が追いつかなかったし、天音さんの顔が頭から離れない。

 どうしようもなく、胸がドキドキしていた。


「…………可愛すぎか?」


 八代景太、十七歳。

 学園カーストトップの前席に座る異世界帰りの聖女様とイチャラブカップルする生活をすることになりました。


 そして、天音さんのお婆ちゃんの教育に感謝した。

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