第2話 異世界帰りの聖女様の事情


 次に目が覚めた時は学校の保健室だった。

 咄嗟に起き上がり、胸に手を当てて見たが、傷は綺麗さっぱり無くなっていた。

 服も汚れていないし、体もピンピンしている。


「夢? だったのか……」


 じゃあ、あのキスも幻か、こんちくょう……。


「夢ではありません」


 ぐるりと声のした方を見ると、ベッドの隣の椅子に優雅に本を読みながら、美少女が座っていた。

 

 ふわりと流れる現実離れした妖艶な黒髪、色白な肌に整った容姿、清純で一切の穢れがない完全無欠の美少女。


 凹凸が際立った体型のせいか、一流デザイナーがデザインした制服も、国宝級のデザイナーが手掛けた服に身間違えてしまう。

 

 彼女の顔に見覚えがあった。

 彼女の名前は天音遥。


 今年の四月に転入生として、俺が通う清純学園きよすみがくえんに入って来た美少女だった。転入した瞬間から絶世の美女ともてはやされ、一時間も経たずにカーストトップに登りつめ、学園の九十九%の男女から羨望せんぼうの眼差しを向けられていた。


 黒髪清楚系美少女の最高峰。

 一目見るだけで心が浄化される。

 人類から産まれるはずもない奇跡の美少女などと絶賛されまくっているそんな彼女は俺の前の席に座るクラスメイトで……、俺とは真反対のようなお方だ。


 どうして天音さんがここに?

 パタリと本を閉じて、天音さんは凛とした顔を向けて言った。


「あなたは私が異世界で習得した治癒魔法――【聖愛せいあいちぎり】によって体の傷が癒されました」


 はて……と俺は首を傾げた。

 あのカーストトップの天音さんが異世界で魔法を習得したとか、厨二感が滲み出ている魔法名なんか言うわけないだろ。


「…………なるほど。俺はまだ夢の中にいるんだね」

「いえ、現実です」

「…………………」


 真顔で否定されてしまった。

 こりゃまいったね。


「私は体感としては四年間。とある異世界に聖女として召喚されました。召喚後はラストダンジョン級で死と隣り合わせの世界でしたが、幸運にも私だけに備わっていた特別な加護のおかげで道を切り開き、魔王を倒しました。【聖愛の契り】はその過程で習得した魔法です」


 おいおい、本当に何を言い出すんだ。


「こちらの世界に戻ってきた時、病院のカレンダーを見たら、一ヶ月しか時が進んでいなかったのは驚きでしたが……」


 ふと、ネット小説である異世界帰還者のラノベの設定と一致し過ぎているような気がした。

 天音さんはネット小説の愛読者? 

 いや、そもそも異世界で魔法を習得したとか、訳分からないことを俺に言う必要がないだろ。やっぱり、俺のことを揶揄からかっているのか?


「その話はまじで言ってる?」

「本当です」


 天音さんは目を揺らさず、俺だけを見つめていた。

 嘘つきは眼をそらしたりするもんだって言うけど、純真で、裏表のない誠実な目だ。

 とても嘘をついているようには見えない。


 仮に天音さんの言っていることが真実ならば、ハードモード過ぎる異世界人生を送ってきたことになる。


 確かに、天音さんは転入当初から周りの女子たちと比べて落ち着き具合が半端なかった。例えるなら、アニメでよくある地獄の戦場を生き抜いてきた兵士のような肝の座り様。

 それは四年間も修羅場を潜ってきたから……ということか?


「じゃあ、もしかして……。魔王を倒した特典として、異世界で習得したスキルや魔法をこの現実世界でも使えるようになったとか」

「……っ! そうです。よく分かりましたね……」

「まぁ、なんとなくそんな感じかなぁと思いまして……はは」


 俺が読む数多く存在する異世界帰還もののラノベでは異世界から還ってきた人が現実世界で能力を使えるというのは定番だ。


 だが、異世界の魔法が現実で使えるなんてあり得るのかと思ったが……あの死の感覚は本当だったし、今は何ともなくピンピンしているし、まさに現代医療を超えた神のような魔法で治したとしか考えられない。つまり、魔法も現実にあったということだ。


 なにそれ、そんなのあり⁉


「あの……大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……大丈夫。大丈夫だけど、天文学的な確率でも起こらないだろう事象にビビってる」

「そうですよね……、やっぱり、こんな話は信じてもらえないですよね……」


 確かに、普通だったら信じてもらえない。


 もしネットに異世界から帰還しましたってスレを作って今の話を書き込みしたら、病院に行くのを勧められるか、変な妄想はしてないでその経験を活かしてラノベでも書けって言われて相手にされなさそうだ。


 だけど、現実はどうだ。


 天音さんの話を信じざるを得ない事実が、今、俺の身に起こっているじゃないか。


「……信じるよ」

「本当……ですか?」

「うん。信じないわけにはいかないからね。流石に」


 天音さんの顔がパァと明るくなった。

 可愛くて、うつくしい。

 美少女のご尊顔そんがんを間近でおがめるって本当に幸せだと思う。


「天音さんが異世界帰還者ということは分かった。ということは……だ。その【聖愛の契り】で俺を救ってくれたわけで。つまり、あの……、その……」


「?」


 天音さんは俺が何を言いたのか分からず首を傾げた


「俺が死にかけた時、唇に、その……柔らかい、何かが……」


 そこまで言うと天音さんは察したのか、湯気が立ってしまいそうなくらい赤くなった後、何とか絞り出して天音さんは小さくこくりと頷いて言う。


「……………………はい。キス……しました……っ」


 天音さんは両手で顔を覆って、全力で恥ずかしさを隠していた。


 いや、そう恥ずかしがられると、俺の方も恥ずかしくなるのだけど⁉

 

 俺も学園カーストトップの美少女とキスをしてしまったという事実の方に頭の中がお祭り騒ぎだった。


 雲の上の存在との交流キス

 一生分の運を使い果たしたのではないかと思った。


 お互いに目を背けたまま数秒固まった後、天音さんがスカートの裾をぎゅっと掴みながら言った。


「あの時、私が使っていた通常の治癒魔法じゃ治癒できないほどあなたの体は損傷していました! だから、あらゆる傷を治す【聖愛の契り】を使うしかなくて……。その発動条件は契約者にキスをすることなので、避けられないことでした。あっ、その……異世界では使い勝手が悪くて一度も使ったことがなくて、ぶっつけ本番ですごく緊張しましたけど……」


 天音さんは赤面をしながら俯く。

 はい、可愛い。


 でも、治癒するために自分の唇を捧げるのだ。

 使用する相手によっては抵抗があるかもしれない。

 まぁ、俺にとっては神過ぎる発動条件なのだが――――ん?


「えっとそれはつまり――」


 数秒後、天音さんもどうやら自分の言った言葉を理解したらしい。


「……ファーストキスです。でも、私のことを体張って助けてくれた人のことを見捨てるなんて……そんなことできませんから!」


 天音さんはしゅ~と頭から湯気が見えるくらい顔が茹っていた。

 ここまで話していて分かる。

 

 天音さんは優しい人なのだと思った。だって、そこら辺に咲いている雑草に相違ない影の薄そうなクラスメイトをキスして救ってしまったのだから。


 俺にとって命の恩人なのは間違いない。

 感謝してもしきれないくらいのね。


「本当に助けてくれてありがとう」


 天音さんと目が合う。すると今度は下を向いてからこちらを見て言う。


「いいえ、感謝するのは……こちらの方ですから」


 と照れ臭そうにはにかんだ。

 それは俺にとっては天使の微笑みに見えた。

 尊すぎて死んでしまいそうなくらい可愛かった。


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