学園カーストトップの異世界帰りの聖女様を助けて死にかけたら、強制的に恋人になる魔法のキスで蘇生されました~皆に隠れて毎日イチャラブしながら迫る危機は捻じ伏せます~

千木らくた

第一部

第1話 中学時代のいじめと出会い

「うぉえぇぇぇぇ‼」


 中学三年生。

 文化祭のキャンプファイヤーの後。

 一世一代の初恋の公開告白が無残に散った俺はトイレの便器に吐いていた。

 告白が失敗したくらいで吐くな。初恋なんて叶わないもの。

 

 ただ想いが相手に受け入れられなかっただけだろ。

 世の中に女は星の数ほどいるのだから気にするな。

 世間はそんな厳しくも優しい励ましの言葉をくれるかもしれない。

 

 俺もその励ましを胸にして次の女性にアタックしたいと思います。


――なんて言ってみたいがそんなことができるメンタルではない。だって、俺の告白は必ず失敗するように仕組まれていて、それがクラスぐるみで行われていたのだから。


 当然人間不信になるし、下手すりゃ登校拒否案件だ。


 一頻り吐いてからトイレの個室を出ると、ガリガリ丸眼鏡キノコヘアーの顔面蒼白の男がトイレの鏡に映る。そいつは紛れもない俺のことであり、見るも典型的なキモオタだ。

 

 小さい頃からサブカルに触れていた俺は自分の理想の可愛いヒロインを追い求め色々と拗らせた結果、興味があるのは二次元の女の子だけ、空想の中のカッコイイ主人公が悪役を倒してヒロインを救い出すのに感情移入する日々。


 こんな俺が三次元の女の子に興味なんか出るわけがないと思ったが、あろうことか、クラスメイトで一番可愛い子に一目惚れしてしまった。


 正直、俺はそっと一目惚れした彼女を遠くから眺めるだけの日々で十分だったが、俺の好意を察したクラスメイト達が気を利かせてくれて、キャンプファイヤーの時に告白する場を作ってくれたのだ。


 そして、先ほど告白をした――。

 渾身の想いを込めて。

 だが――。


「調子乗んなキモオタ。自分の顔見てから告白してよ」


 その後はクラスメイトから投下される爆笑につぐ爆笑の嵐。

 何度も練習したのかと思うくらいの息ピッタリの『帰れ』コール。

 まさに公開処刑だった。

 あぁ……。何となく分かってはいたよ。

 俺なんかに美人が靡くはずがないってぇぇぇぇ……。


「ぇええぇ……おえ」


 また吐いた。

 でも、人の告白を嘲笑って、顔をバカにするのって酷過ぎやしませんか?

 あなた達に人の心はないのですか? 

 キモオタにも人権はあるだろうが。

 あぁ、辛い。帰って二次元に現実逃避しよう。ラノベ読んで寝よう。

 それで明日から引きこもりになろう。

 

 俺はトイレを出て帰ろうとしたが、ポケットに財布が入っていないことに気づいた。記憶を辿ってみると、自分の教室のロッカーの中に入れたままだった。

 

 

……仕方がない。


 教室まで行くのは気が引けるけど、家まで歩いて帰ると二時間は歩くことになる。

 俺は教室に向かった。


 だが、ドアの前までやって来て開けようとした時、教室から話し声が聞こえ俺はドアの前でぴたりと止まった。


 その声の主は俺が告白した七瀬沙織だったからだ。


「八代が私に告った時の顔見た? なんか私がマジそうな顔したら、ちょっと期待しちゃってんの。まじでウケた」


「分かるぅ! 沙織の前でモジモジしてさ。キモさの極みだったよねー。沙織も良い演技してるじゃーんって思った」


「そう?」


「うん、中々いい演技してた」


「まじで? じゃあ、もしかしたら、私って女優になれちゃうかも。この前も駅前歩いていたら芸能事務所にスカウトされちゃったし~」


「すごっ。さすが沙織。やっぱ美人な女は違いますわ」


「そうでしょー♪ 一万年に一度の美人女優なんて謳い文句をつけてもらってデビューしちゃおっかな」


「良いじゃん。沙織ならやれるよー。そうだ~! 将来、沙織が女優になってメジャーになって、ドラマとかに出たら八代がテレビの前で泣いてシコッてるかもよー」


「うわぁー、そういうのやめてよ。考えただけでもほんとキモいから。キモオタで私を汚さないで。私を抱いて汚して良いのはイケメンだけだから」


「出た、沙織のイケメン厨」


「今日も文化祭終わった後、彼氏とお泊りデートなんだ♪ 今日も彼氏にいっぱい可愛がってもらおー」


「羨ま! 今彼って年上のイケメンなんでしょ?」


「もちろん♪ 一つ上で運動神経抜群のイケメン」


「へ~、すごっ! それより沙織~。今年で何人目よ?」


「今年で三人目かな。今回は割と本命」


「良いなぁー、私も沙織の顔の良さが少しでもあればなー」


「美香も可愛いって」


「お世辞ありがと。でも、彼氏いるのに八代に告白するよう仕向けるって中々思いつかないよ?」


「でも、みんな楽しかったでしょ?」


「まぁね?」


「受験勉強のストレス溜まってるからキモオタの泣き顔を見て、ストレス発散しないとやってられないでしょ。まぁ、私たちもこれからお先真っ暗な社会のために身を捧げなければならない被害者っていうか? ガス抜きさせてくれないと死ぬっていうか。可哀想じゃん」


「分かる分かる~! ほんと勉強したくなーい! 大人になりたくなーい! またスカッとしたいよぉ~!」


「ね~! でも、安心して! またキモオタを嵌めてやるから!」


「期待してるぅ~」


「あ、そろそろ彼氏との待ち合わせだ。じゃあ、またね!」


「うん、またね~!」


 や、やばい……こっちに来る。

 俺が立ち去ろうとする前に、ガラリと教室のドアが開いた。


「あっ」


 七瀬さんと眼があった。

 場の空気が凍る。最上級の軽蔑と人を殺してしまいそうな眼。


「…………聞いてたの?」


 急にドンと――、七瀬さんは俺の肩を突き飛ばした。

 俺は尻餅をついてしまい、一緒に鞄からつい先日買ったラノベの最新刊やら教科書やらが廊下に飛び散らかる。


「盗み聞きとかほんと、キモ。非モテキモオタムーブし過ぎてて吐き気がするわ」


 近くに七瀬さんの仲間しかいないことを良いことに、俺の髪を掴んでガキリと地面に押しつけた。


「がっ!」

「ざけんなよ! 女の話を盗み聞きするとか人間としてマナーがなってねぇーな!」


 美しい七瀬さんの顔が悪魔のように見えた。

 いや、これが彼女の本当の顔だったのだ。


「躾がなってないキモオタには色々と社会の厳しさを教えてやらないとねぇ!」


 七瀬さんは何度か同じ動作を繰り返す。まさに鬼畜の所業だ。

 ボコボコにされながら思う。

 見た目の良さだけで勝手に舞い上がり、好きになってしまった自分は間違いだった。ちゃんと中身も見るべきだったのだ。


 七瀬さんは一頻り俺を痛めつけた後、地面に落ちていたラノベを手に取り、数ページをめくって笑う。


「うっわー、キッショ」

「か、返してくれ……!」


 俺はラノベに手を伸ばそうとしたが、七瀬さんが俺の手を振り払い、顔を踏みつけた。


「お前みたいな弱者男子は一生地べたに這いつくばってろよ。てか、こういうのってあんた達みたいな奴にしか需要ないでしょ? まぁ、あんたみたいな冴えないひ弱なキモオタが現実逃避するにはもってこいのコンテンツよね~。こんなくだらない物を読んで、ヒロインとのイチャイチャに妄想を膨らませているんでしょ? そんな奴が女にモテるとか一生あり得ないから! 分かるよね? てか、勘違いすんなよ! 調子乗って私に告白してくるなよ! お前なんか美女に告白する権利なんてねぇんだよ‼」


 七瀬さんはビリビリッとラノベを細かく破り捨て始めた。


「あははは! どう? どんな気分⁉ 自分の好きな物がぶっ壊される気持ちってどんな気分ぅん⁉」


 細かくなったラノベの紙が桜吹雪のように舞い散り、破ることができずぐしゃぐしゃになったちょっとエッチなカバーイラストの黒髪清楚のヒロインが俺の前にやってくる。


「あんたの理想の女の子なんてこの世界に存在しないから。現実の女はみーんな私と同じ。あんたみたいな奴のことを絶対に好きにならない! モテないあんたはべッドの上で自分の考えた理想のヒロインってバカであり得ない妄想をした女の子に性を消費しているのがお似合いよ! 消えろ、キモオタ!」


 ぐりぐりとカバーイラストを上履きですり潰すように痛めつける。


 彼女の言葉と行為は俺にとってどれも鋭利な刃のようなもので、俺の心をズタズタに引き裂いてくれた。言葉すら失ってしまうほどだ。このまま消えてなくなりたいと思った。


 だけど――。

 傷ついた俺が一番に思ったのは、なんて自分は不甲斐ない男だということだった。

 俺がキモオタでモテないことなんて百も承知だ。

 俺はバカにされても良い。

 でも、俺のせいで大好きなヒロインとコンテンツを馬鹿にされるのは許せなかった。何より、目の前でぐしゃぐしゃになってしまったヒロインに申し訳なかった。

 彼らはけなされるべきではない。

 だが、俺がひ弱でみすぼらしいから彼女は貶されたのだ。

 だから――、俺は変わらなければならなかった。

 ヒロインのために、馬鹿にされない男になる必要があった。

 

 でも、その前に――。

 俺は七瀬さんの足首を掴んでその足をカバーイラストから上げさせた。


「触んな、キモオタ!」


 七瀬さんの蹴りが俺の顔にあたり、眼鏡が吹っ飛んだ。

 だけど、そんなことどうでもいい。


「……ふざっけんなよ!」

「は?」

「この子を踏むことは俺が許さない。絶対に許さない。お前が汚していい物じゃないんだよぉぉぉ。今後一切、踏んだり破いたりして、汚すことも貶すことも決して許さないからなぁぁぁ……っっ‼」


 ギリギリギリギリ。

 俺は掴んでいた手で七瀬さんの足首を握りつぶす。


「い、痛い! 離しなさいよ‼」


 何度も蹴りを食らい、踏みつけられ、七瀬さんの仲間も加勢して引き剝がしに来たが、ヒロインのカバーイラストだけは守った。


 攻撃が止むと、俺は散らかった教科書と紙屑になってしまったラノベを出来るだけかき集めて、鞄に詰めなおした。そして、カバーイラストを胸ポケットに入れて、たじろぐ七瀬さんを睨む。


「なに⁉ なんなの、こいつ⁉」

「お前みたいな人の心を持たない不細工はイケメン彼氏に股開いて一生過ごしてろ」

「はぁああああああああ⁉ わ、私が不細工だとぉぉぉ⁉ キモオタのくせに調子乗んなぁぁぁ!」

「うっせー、黙ってろクソビッチ」

「く、クソビッ……っ⁉」


 俺は七瀬さんの横を通り過ぎた。


「俺は変わる。変わってみせる」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 七瀬さんが俺の肩を掴んでいかせないようにしたが――


「触んな」


 と振り払って、俺はそのまま歩く。


「はん! 絶対無理だから! あんたみたいな奴に彼女なんてできない。できないで寂しく一生を終えるんだからぁぁぁ‼」

「一生言ってろ、バァァァカ!!」




――――それから、二年後。




 眼鏡をコンタクトに、なけなしのお小遣いで美容院に行き、武道を習い体も鍛えあげた。成長期だった俺は中学の頃から身長が十センチは伸び、アニメイツの窓ガラスに映る俺は二年前とは見違える姿になっている……と思う。

 

 少しは君に恥ずかしくない自分になれただろうか。

 俺の手にはかつて七瀬さんにボロボロにされたラノベのヒロインである黒髪清楚のヒロインを見て思う。

 

 ちょうど三年前にネット小説から書籍化されたとある異世界召喚ものの成り上がりファンタジー。奴隷の黒髪清楚のヒロインが可愛すぎて話題になった人気作。書籍化前からずっと応援していた小説だったから、書籍化された時は自分のことのように喜んだものだ。


「ありがっした~!」


 会計を済ませ、本を鞄の中にしまいアニメイツを出て、ゆっくりと駅の方へ歩き出す。

 年に数回ある楽しみだ。

 早く家に帰って続きを読もう。

 今から主人公にデレるヒロインの姿を想像するのが楽しみでしょうがない。

……ぐへへへ。と妄想に浸るのは良いのだが……ふと現実に戻る。


 七瀬さんに貶されてから二年たった。

 イメチェンはしたが、御覧の通りのオタク道を走っており、彼女はできていない。


 長年キモオタモブ男の経歴を積み重ねてきた奴が、高校に入っていきなり陽キャのように振舞えるわけもなく……、中学の時と同じ隅っこで密かに日々を消化するそこら辺に咲いている雑草と同じくらい平凡な高校生活を一年間過ごしたわけでありまして……。


 結局、キモオタから並の見た目と筋力だけが身に付いた隠れモブオタに進化しただけだったね。


「…………はぁ」


 現実世界での恋が難易度ハードモードだわ。

 自分の趣味が受け入れられないかと思うと二の足を踏んでしまうし、何より中学時代のトラウマが心を過る。

 

 過去の教訓から見た目だけで女性を好きになってはいけないのだと。


 そんなことを気にせずアタックできる男が彼女をゲットできるのだと思うのだけど、今はまだ少し心を痛む。


 駅前のスクランブル交差点までやって来た。


 多くの人が行きかう雑踏の中、群衆に紛れ信号が青に変わるのを待っていると後ろから強い風が吹く。


 近くにいたOLがスカートを抑え、子供が被っていた帽子が飛ぶ先――。

 青信号になった横断歩道を渡る美少女がいた。

 優雅で、気品があって、目を惹きつけて止まない。

 教室の隅の席でただ平凡に授業を受け、日々をエンタメに消化するだけのオタクな俺とは全く違う存在。

 

 彼女が舞台の主役なら、俺はそれをただ眺める観客の内の一人のようなもんだろう。


 アイドルとモブ。

 関係性を例えるなら、そんな言葉が良く似合いそうな気がする。


 きっと来世になっても、来来世になっても俺みたいな奴とは縁がないだろう。


 そして、浮つく自分の心に気づく。

 そう、彼女にまた一目惚れするなんて、もってのほかだ。

 

 俺は気にせず、大衆の流れに乗って横断歩道に差し掛かった。


 ふと、前を行く美少女は俺と同じ学校の制服を着ていることに気づいた。

 あれ……?

 

 風に靡く艶美な黒髪を持つ後ろ姿はどこかで見覚えがあった。

 歩いていた足を止めて記憶を探ってみる。


 だが――。


「きゃぁぁあああ!」


 何事かと辺りを見渡してみれば、大型トラックが交差点に突っ込んで来るのが見えた。

 蛇行運転しながらこちらに向かってくるトラックに群衆が慌てて逃げ惑い、辺りが混沌と化して、人が入り乱れた。


「邪魔どぁぁぁ、どげよぉ‼」


 ハゲの中年のおっさんが美少女を突き飛ばした。

 

 弾き飛ばされた彼女はすぐさま立ち上がったが、逃げる人たちが邪魔で身動きが取れていない。いや、迫りくるトラックにどうやら足が竦んで動けないようだった。


「ぶへぇ‼ あぁ……、助かったぜぇ!」


 息を切らして俺の目の前にやって来た頭がテカっているおっさんを見て思う。

 追い込まれれば我が身が一番大事なるのが人間だと思う。


 それを悪いとは思わない。

 だけど、無性に思う。


――身を挺して美少女を守るのが男ってものでしょうと!


 俺の好きなラノベの主人公なら必ずそうするはずだ。

 俺がどう動くべきかは明白だった。


「おっさん、邪魔です」

「ぶへ?」


 道を開けるため、前を塞いでいたおっさんを横に弾き飛ばし、俺は群衆の流れに逆らうように足を前に踏み出していた。

 彼女が轢かれるほんの数メートル前だった。

 俺は彼女の背中を突き飛ばし、そして――、


 ぐしゃりと、嫌な音がした。


             ☆


「ごめんなさい、私のせいで……」


 視界が真っ赤に染まっていてよく見えなかったが、ぼんやりと美少女の顔が見えた。


 トラックにぶっ飛ばされた後の記憶はないが、とりあえず彼女は無事なようで一安心だ。

 頭には柔らかい感触があり、どうやら俺は膝枕をされているようだ。

 女性に膝枕とか男なら心が躍りそうなシチュエーション。


「高校生がトラックに轢かれたぞ!」

「救急車を呼べー!」

「……っ! こりゃもう……」


 だが、体からどんどん血が出て行き、意識が遠退いていくのが分かる。

 素人でも分かる。これはもう助からないと思った。

 十分後か、一時間後か分からないが、俺は死ぬだろう。

 あぁ、結局こうなるのか……。

 人生これからってところだったのに。


「ぅ……ぅ……」


 現状、もはや声も出ないくらい俺の体は弱り切っていた。

 痛い、怖い、苦しい。

 死んだらどこに行くのか分からない不安。


 そんな感情を紛らわしたくて、彼女に手を伸ばした。

 だが、体に力が入らない。

 あと少しでも動かしたら意識が飛んでしまいそうだ。


……と思ったらガチッと手を握られた。


 母さん以外で初めて女の人に手を握ってもらえた気がする。

 ほんのりと彼女の体温が伝わった。

 これが最後の人の温もりか。

 あったけぇ……。

 二次元の彼女も最高だけど、やっぱり三次元の彼女も欲しかったな……。

 でも、もう――それは叶わぬ夢か。

 言葉では伝えられなかったから、【ありがとう】と心の中で感謝を伝えた。


……最後に手を繋いでくれてありがとう。

さようなら――


「あなたのことは絶対に私が死なせません。必ず救います!」

「――――⁉」


 素人でも分かるはずだ。

 今の俺は、世の中の九十九%の医者が手の施しようがありませんって言いたくなるような状態だと。

 この虫の息の俺をどうやったら、救えるのか。

 俺には見当もつかない。


 もし、百万歩譲って救えたとしたら――、それは人の力を超えた神の力以外の何ものでもない。そんなことは……空想の世界の中でしかありえないことだ。


「よく聞いてください。これからあなたに魔法をかけます。この魔法は…………あなたの命を救う代わりに私と恋人にならなければいけないものです」


 死ぬ前の幻聴ってやつかな。

 それとも、俺ってそんなに彼女いなさそうな男に見えたのかな。

 死ぬ間際に気を使われるとか、だいぶ心を抉られたわ。

 でも、もう何でも良かった。

 

 どういう仕組みかは分からないけど、命が助かる条件が女の子と恋人になることとか……彼女いない歴イコール年齢の男としては魅力的過ぎてむしろ魔法をかけて欲しかったし、嘘だったとしても一瞬だけ夢を見させてもらったと思えば、一片の悔いなしってやつだ。

 

 俺は最後の力を振り絞って、こくりと頷いた。


「では――」


 そう言うと俺の口に生暖かい物がポタリポタリと落ちてきた。

 きっと彼女の血液だ。

 これはまるで血の契約のように思えた。

 唇に吐息が掛かり、柔らかい何かが重なった。

 間違いなく、彼女は俺にキスをしていた。

 初めてのキスは鉄の味だった。

 彼女の唇が離れると、ドクンと体が胸を打つ。


 体の中が温かく、じわりと光に包まれ、体の中の全てが書き換わって行くような不思議な感覚に襲われながら、俺はそっと目を閉じた。


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