第5話 (R)カモフラージュと二回目のキス

 ピロリとスマホが鳴った。


【天音】:どこにいますか?

【八代】:ごめん。もう着く。

【天音】:なら、良かったです。

【八代】:そういえば、天音さんは誰にも見られていないよね?

【天音】:問題ありません。既に手は打ってありますから。

【八代】:まじ?

【天音】:異世界アイテム【模造人形ダミードール】を使いました。今、もう一人の私がカフェテリアでお茶をしています。


 カモフラージュ。

 人形が注意を引き付けている間に命令をクリアしてしまうって魂胆か。

 彼らの行動は計算済みってことね。

 さすが天音さんだわ。

 それより異世界アイテムって便利で良いな。

 今度俺にも使わせて欲しい。



 俺は屋上へ続く階段までやって来ると、前後左右を三回確認してから階段を登る。そして、立入禁止のロープを潜って、屋上のドアを開けると、腰に腕を回し頬が赤い天音さんがいた。  


 今日は後ろに髪を束ねていてポニーテイルだ。


「おはよ! 遅れてごめ……」


 天音さんは挨拶を交わすや否や、すっと俺に近づいてきて、俺の制服の裾をキュと掴んだ。


「昨日は私からしました……、今日は八代君の方からお願いしてもいいですか?」


 上目遣いの美少女にキスを頼まれて断れる奴なんていないだろう?


「わ、分かった」


 天音さんと向かい合う。

 命令は恋人繋ぎでのキス。

 俺と天音さんは両手を差し出すと手を握り合う。

 俺はこれだけでも心臓がバクバクだったが、ここからキスをしなければならない。

 潤いたっぷりの天音さんの唇が目に入った。


 お、お、お、おとこになれぇええ、男の余裕を見せろ、俺ぇぇぇぇえええ!

 ごくりと、唾を飲んでから、ゆっくりと唇を近づけた。

 そっと優しく包み込むようなキス。


 昨日、家に帰ってから少女漫画とネット検索をして優しいキスの仕方というのを学習してきた。

 やはり、キスは優しく。


 昨日は半ば強引な感じだったからな。

 キスをしている最中、ふんわりと風に運ばれて来た石鹸せっけんの香りがさらに気持ちを穏やかにさせてくれた。

 唇を離すと、俺の頭の中に浮かんでいた命令がパチリと消えた。

 天音さんは俺の胸に顔を乗せたまま、ぎゅっと天音さんが俺のワイシャツを掴む。


「どうしてでしょう……。胸のドキドキが収まりません」


 いや、そんなことを言われると俺もドキッとしてしまうじゃないか。

 しばらく機能を停止した天音さんは、俺と密着していたことに気づいたのか、パッと俺から離れてうつむく。


「すみません。こんなに求めて……端無い女ですよね」

「大丈夫、気にしないというか、魔法のせいだから仕方がないというか。むしろ嬉しかった」

「そ、そう……でしたか。な、なら、良かったです……」


 恋人宣言もしてない二人が二日連続でキスをするというとんでも命令を完了してほっと一息つきたくなったが、俺には伝えなければならないことがあった。


「そ、そういえば、さっきここに来るまでの話なんだけど……」


――と佐渡さんの一件を天音さんに話した。


「そんなことがありましたか……。佐渡さんは危険人物ですね」


 天音さんが少し考え込む。

 今日は上手く包囲網を搔い潜れたかもしれないが、毎回とはいかないだろう。

 何か対策はないか――。


「そういえば、天音さんの異世界アイテムで見た人の記憶を書き替えるとかできないのかな?」


 確か、【記憶の書き替えメモリーリライト】とか言っていたよな。


「記憶を書き替えること自体は可能です。ですが、効力が広範囲かつ強力で、魔力のチャージに一年かかるので……」


 流石に全てが万能というわけではないか。


「そうなると……、当てにはできないね」

「そうですね。今の私たちには誰にも見られずに安心して命令をこなせる所が必要ですね……」


 学園内は難しいとなると――外か。

 監視カメラがあるところは避けた方が良いよな……。

 そうなると――。


「じゃあ、俺の家とかどうかな? 俺の親は今海外行っているから、邪魔者もいないし」

「……………」


 天音さんは驚いたような顔を俺に向けた。

――――あっ、そうか。


「いやいや‼ 彼氏でもない昨日知り合ったようなクラスメイトをいきなり家に上げてどうこうしようっていうのはないから!」


 ポッと出た陽キャプレイ。俺は焦って全力で否定した。

 天音さんは少しムッとした表情をして言う。


「実は私も一人暮らしですし? 必要な時はお互いの家を拠点にするのも悪くない案だと思いますけど?」

「……えっ、良いの?」

「魔法で強制的とは言っても、今の私たちはパートナーですから! 普通の恋人がするようなことができないと困りますし……。でも、……私の家に来る時は色々と心の準備があるので急に来られるのは困りますけど……ごにょごにょ……」


 天音さんは顔を背け、自分の髪の毛先を人差し指でクルクルしながら言った。

 そんな姿を見て勘違いの一つでもしてみたくなるが、天音さんはあくまでお互いの状況を考えているのだ。別に俺に心を開いたからではない。簡単に言えば俺と天音さんの関係は、切っても切り離せない運命共同体のようなものなのだ。

 

 仕方がなく場所を提供してあげるということだろう!

 何を期待しているのだ、ぶっ殺すぞ、バカヤロウ。


「じゃ、じゃあ、必要があればお互いの家で」


「はい。ですが、それだけでは不安ですね。命令はいつ下されるか分かりません。学園内で起きた突発的な命令にも対応できるようにするべきです」


「でも、あの佐渡さんの嗅覚を毎回掻い潜るのはきつそうだけど、何か策はあるの?」


「はい。それは私がこの学園に転入した理由でもありますから。今日の放課後、時間ありますか?」


「大丈夫だけど……」


「なら、放課後――、生徒会室に行きましょう。会わせたい人がいます」


 生徒会?

 俺たちに協力してくれる人が生徒会にいるのか?

 学内でイチャコラするのを許してくれる生徒会なんてあるのか思ったが、今は天音さんの言うことを信じてみるほかない。


「…………分かった」


 悩んで俯いていた顔を上げると、天音さんがじっとこちらを見ていたのか、お互いに目が合った。また、キスを思い出してしまったのか、顔が熱くなる。


「と、とりあえず、教室に戻る? もちろん、別々で!」

「そ、そうですね‼ 人形とここで入れ替わった後……教室に戻りますので……お先にどうぞ!」

 

 なんかこの場にいられるような雰囲気ではなかったので、


「じゃあ、また」


 天音さんの言う通り屋上を後にすることにした。

 俺はドアに手をかける。

 

 だが、天音さんの様子が気になってしまい、ちらりと振り返ると、天音さんは両手で顔を覆ったまま座り込んでいた。

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