帰り道のふたり

 始業式の帰り、俺と日葵ひまりは確かに別々に歩いた。わずか十メートルほど間をけていただけだが。

 それも学校から最寄駅までで、電車に乗り込んだ時にはもう日葵は俺の目の前にいた。

山田やまだ君、偶然ね」何だよ、その澄まし顔。

 これが山田日葵やまだひまりなのだ。学校では口数の少ない、どこか神秘的な雰囲気すら感じる美少女だった。

 声をかけたくなってもはばかれる。勇気を振り絞れないタイプの男子が多いから遠くから憧れるように見るだけだ。

「一緒に帰る友だちはできそうか?」

「山田君がいるから」囁くように言う。

 俺は周囲に目を光らせ知り合いがいないかと窺った。

「――誰もいないわよ。そういうところを狙って乗ったのでしょう?」ばれてえら。

 お前が距離を詰めるからだぞ。

 結局俺たちは家の最寄駅からは一緒に歩いた。

「重いわ」

 初日だから持たされた教材が多かった。俺は黙って荷物持ちになった。

「ありがとう」含み笑いのような顔をする日葵は機嫌が良い。

 これが毎日続くのか?

 家が近づくにつれ日葵が接近する。

 ときどき腕が当たる。スカートの裾が触れる。わずかな接触さえ俺は敏感になっていた。

「――おにいちゃん」耳元に息を吹きかけるように囁く。

兄妹きょうだいってそんな距離感かよ」

「違うの? ひとりっ子だったからわからない」

 それは俺も同じだった。物心ついた頃から俺は親父と二人暮らしだった。

 いや祖母がいたかな。まだ若い祖母は今、伯母さんの家にいる。

 しかし俺のかすかな記憶に母親がいた気がするのだ。顔は全く覚えていない。しかしあれが母親だったのだろう。

 その母親がどうなったか親父は教えてくれない。

 死んだのか? しかし仏壇や墓がある気配はなかった。

 きっと別れたんだな。逃げられたんだ。あんないい加減な親父なら仕方あるまい。

 すると日葵のところはどうなのだろう。小さい頃から日葵を知っているが父親らしき人物を見たことがなかった。

「――何か考えているね」

「何も」

「ウソだあ」

 俺たちは黙っていても気を遣わない間柄だったが、なぜか俺は考えごとをしていると日葵に見破られた。

 同じように黙っていても考えごとをしている時は顔つきが違うのだろうか。わからん。

「わかるわよ。何年一緒にいると思ってるの」

「この春からじゃねえか」それまではただの近所同士だ。

 日葵は不服そうに頬を膨らまし、家に入っていった。

 俺たちは帰ってきた。

「買い物に行かなきゃ」日葵が言った。

 愛子さんからスマホ連絡があったようだ。

 愛子さんは徒歩圏内にあるクリニックで医療事務のパートをしていた。帰りは五時半から六時になる。夕食の材料を買うように頼まれることがあった。

「よろしくね、おにいちゃん」

 俺は荷物持ちだ。俺たちだけで買い物をする時は車を使わないから二人で歩いて行くことが多かった。俺に断る理由はない。

 もともと俺は親父と二人暮らしだった頃から買い物はしていたしな。それが日葵と二人になっただけだ。

 おかしなスキンシップさえなければどうということはなかった。

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