「机上の戦争」

低迷アクション

第1話



彼には3分以内にやらなければいけない事があった。卓上の電話機をとる。かける相手は2件、確認事項は4つ…


1件目は何度目かの呼び出し音と共に雑音交じりでの返答…


「こちら、ヒクイナ…準備よし」


「すまんね。ヒクイナ、最悪の場合、君達が一番槍と言う事になる」


「そのための準備を行ってきました。」


「我々にとっては、血の洗礼だな。継戦能力はもって3日…」


「皇国の興廃この一戦にありです」


「あり得ない事を祈ってる」


通話を終え、時計を見る。後2分…時間がないにも程があるが、国の大事とは、案外こんなモノなのかもしれない。


電話をかけて、数秒で相手が出る。良い兆候だが、必ずしも結果に繋がるとは限らない。


「コレハ、Mr〇〇、お元気デスカ?」


「ホワイト局長、時間がないのは、承知だろ?」


「ワカッテマス。例の亡命機の件デスネ。S国の反応は?」


「後1分(時計を見ながら)で、向こうの大使閣下がお見えになる。本職はおたくと同じだ」


「ワカリマス。ですが、カンパニー(諜報機関)は、この件には関わってイマセーン。内政干渉はノーです」


「何がノーだ。駐留軍の各部隊が臨戦態勢と順次、帰国準備を開始しているじゃないか?同盟国の間柄とは思えないな?おたくの国は、毎回だ。煽りに煽って、本格的な戦いが始まると、手を引く。一体、いくつの国を滅ぼした?」


「我々はブラザーです。弟を見守るのは、兄の役目、最も…今回はまだ…オヤッ?

そろそろ時間デハ?」


「オイッ」


「グッドラック」


上手なはぐらかしはいつもの事、それでいて、自分達が上と言う事を示すのは忘れない。だが、相手の言葉にあった“今回は”とはどうゆう事だ?思考途中で、電話を

切られ、


同時にドアが開く。備えと素材は揃った。さぁ、開戦の時間だ…



 「我が国S(←国名)としては、貴国へ着陸した自国機であるバット(飛行機の暗号名)の乗組員がたとえ、A国への(ホワイト局長の所属国)亡命を希望していると言えども、認める事は出来ない。


彼は国家の機密を盗んだ重罪人、即刻の引き渡しを要求する。既に着陸から時間が、だいぶ経過している。


この遅延が貴国へ与える影響をよく考えるんだな」


横柄な態度とクマのような体躯は威圧感を与えるし、しかめ面も効果てきめん、

そんなS国大使の様子は事と次第によっては、武力による亡命機奪還という姿勢を

体現しすぎだ。


本来なら、S国からA国へ直接亡命したかったが、演習用の燃料と防空配置の関係で最も手薄な中継国、極東の小っちゃな島国に着陸した1機のS国最新鋭の亡命機…


それが、第三次世界大戦の危機、いや、これは言い過ぎかもしれないが、少なくとも20数年、平和を維持してきた我が国を再びの焦土と化す事態を引き起こしかねないレベルにまで高めていた。


「S国大使、貴方がたの主張ももっともです。ですが、法治国家である我が国と言えど、内情はA国の占領地である事は百も承知でしょう?


と言う事で我が国の領土を仲介として、A国と交渉を進めている筈…そちらはどうなのでしょうか?」


「フン、自国の恥部を恥も外聞もなしで、よく晒せるな?それがヤポチェニ(島国の差別蔑称)の外交戦略か?交渉はカンパニーが邪魔して、のらりくらりだ。


奴等、貴国と我が国の戦争を望んでいるのかもしれないぞ?WWⅡ以降、アジアで

一番の復興と発展を遂げた力を削いでおきたいみたいだしな?」


「それは貴国も同じでしょう?じゃなきゃ、北陸に集結中の艦隊と部隊を増強する必要がありますか?


あそこの海底では、人工的な轍が多く確認されています。噂の海底戦車は実装されているようですな?」


高圧的態度に、皮肉で返すが、苦しい。相手はA国と1、2を争う軍事大国…戦車の保有数は、周辺国12か国分と同等、もしくはそれ以上、そのほかの航空兵器、核兵器の保有数は比べモノにならない。


実際の戦闘になれば、アリと像の差だ。だからこその疑問が起こる。何故?向こうは攻めてこない?A国の介入を危惧しているのか?


今までのA国の他国支援の歴史、現在の核傘下における冷戦を見れば、わかる筈だ。核を持つ者同士が争えば、世界が終わる。介入はあり得ない。


それなのに…


自身が確認すべき事項は4つ、2個は終わった。残りを引き出すには目の前の大使と、電話連絡によって得たデータから導く必要があった。


時間も躊躇もない。この机上のやり取りで国運全てが決まる。嫌な役目だが、やらなければいけない。それが防守の役割…


不意にS国大使の態度とホワイトの言葉が、頭の中で繋がった。A国人特有の皮肉や、おどけた態度が装いでなく、真実だとしたら?


逆にS国大使の高圧的姿勢は虚栄…試す価値はある。


「それに比べ大使、件の亡命機ですが、性能はあまり…現在、A国が進めているSDI、宇宙衛星を利用したミサイルや、相手方の戦闘機とのドッグファイト耐性は難しいようですな?」


「貴様、何の根拠があって…」


自国民に比べ、色素の薄い肌が真っ赤になる。これで、3つ目、残るは…こちらに

非常に良いタイミングでドアが開いた。


「所長、コーヒーが入りました」


「ああ、ありがとう。後で」


“コーヒー”は問題ナシの合言葉、亡命機に関する一通りの調査が終わった証…仮説は事実となった。先程の声音と一切変えず、だが、言葉は辛口に口を開く。


「大使、コーヒーでも飲みながら、お話を…と言いたい所ですが、ハッキリさせておきましょう。我が国は先程述べた主張を変える気はありません。後は貴方次第です」


恐らく、S国の思惑はこうだ。A国とS国の軍事技術は僅かではあるが、A国が勝っている。亡命機はそれを証明してしまう。だが、それによって、A国とS国が将来、戦う事は絶対にないと言う保証を双方にもたらす結果にもなる。


しかし、この事実を周辺国に知られる訳にはいかない。だから、牽制のために、大使は訪れたのだ。


もちろん、開戦と言う手段も辞さない事も織り込み済みの上でだ。


A国としても、最近、ご主人を抜きそうな発展を見せる占領国が多少の戦火に見舞われても、問題はないと踏んだのだろう。だから、パイロットの回収と機体の確保は積極的に行ったが、後は知らぬ顔を決めこんだ。


全ては机上の空論…だが、いつ何時、どのタイミングでも、本当の戦いになる危険性を孕んでいる。それを先んじて制するのが、自身の、防人の戦い方だ。


秘書から受け取ったコーヒーを飲み、余裕的態度を演出するこちらに、多少、息を整えたS国大使が口を開く。


「よろしい、貴様の言葉が国全体の意思と言う事を、確かに受け取った。私はこれを本国に伝える。軽率な言葉を放った事を後悔するんだな?」


同時に、亡命機とパイロットが保護されているホテルに工作部隊を送るかもしれない。無駄だ。ホテルはA国諜報員…


機体奪還部隊は、駐機している滑走路周辺の草むらに潜む複数の影と対峙する事になる。


A国特殊部隊でも舌を巻く程の精強ぶりを持つ彼等との戦闘、無傷での任務遂行は不可能…


仮に戦闘が起こったとしても…


ドアに向かうS国大使へ声をかける。


「大使、貴国の軍事力は我が国と指一本で戦い、残りの指と片手で、まだ戦闘をする力がある。ですが、もし、実際に戦争をすると言うなら」


振り返った相手の表情に、少しの恐れがある事を確認しつつ、言うべき言葉を放つ。


「片腕失う覚悟で来てください」…(終)

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