あの花束の旅

ひとり遊び

第1話 山の中

 雨が降っていた。ひどく身体は冷えていき、布服も重くなっていた。

 それでも、一歩、一歩と前に進んでいた。ぬかんだ泥の地面に、裸足を踏みしめる。

 「なんでここにいるんだろう」

 ひとりごちる。ここは恐ろしい山だった。夜の山なのだ。

 荒々しい道を進んで、一体どれだけ経っただろう。足の裏が痛くなってきていた。獣道の尖った小枝で引っ掻いた左肩からは、赤い血が流れているのだ。

 肩の血を見て、わたしはまだ生きているんだと不思議に思う。生きているとはなんなのか。自身の激しい息づかいが、耳にうるさかった。

 わたしは山をどんどん登っていった。なんの目的もないはずだった。

 雨は少し弱くなってきたけれど、濡れた石面で足を滑らせた。

 胸から飛ぶように転んで、顔だけを腕で守った。強く打った膝はぐしゃぐしゃにえぐれて、血が出ていて、なぜか安心していた。

 しばらく歩いて、小屋を見つけた。

 明かりがついていた。みすぼらしい小屋だったけれど、わたしは鼓動が速くなったのを感じた。ドアノブに手をかけ、回す。だが開かず、何度かガタガタと無理に開けようと試みる。だが開かない。

 「誰かいますか! 中に入れてください!」

 助けを切実に求めていることが、あまりにおかしい。おかしいのに必死なことが、なにより不思議なのだった。








 

 

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