第2話全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ

 女子供の安全を確認した後で、村長ディノンは地下通路を歩いて地上の監視台に出た。


 監視台は、焼いた粘土や小石などを混ぜ合わせた接着材で繋いであり、頑丈な造りをしていた。

 バファローの群れが体当たりしても壊れないはずだったが、念のため狩りをする男たちは地下部分に待機して、バファローの本隊が通り過ぎたあと、遅れがちな弱いバファローを狙って狩る予定だった。


 監視台の上には、見張り役の男がひとり立っていた。


「どうだね」

「村長、最初の群れは二百といったとこか」


 ディノンが声をかけると、目の上に手をかざしていたダルザが振り向いた。

 彼は遠目が効くので、いつも監視役を任されていた。


「まあまあの数か」

「だな。あれくれえなら通り過ぎるのに十五分ってとこか」


 話している間にも、もうもうと上がる土煙が近づいてきて、村周辺はほこりっぽい空気に包まれた。


「来たぞ!」


 カカカン カンカン  カカカン カンカン


 ダルザがリズミカルに鐘を鳴らした。


 ほどなく、土煙の先頭が村まで到達した。

 いつものんびりと草を食んでいるバファローと同じ獣だとは思えない。鬼気迫るほどの闘気をみなぎらせて迫って来る群れは、恐怖以外の何ものでもなかった。


「村長、危なねえと思ったら、地下へ下りてくださいよ」

 ダルザが緊張したディノンを気づかった。


「ああ、大丈夫だ。前の時は俺はまだ村長じゃなかったから地下にいたし。まともに群れを見るのははじめてだ」


「そうだったかな。これなんか、まだマシな方だ」

「そうか。こんなんで怖じ気づいちゃいられないな」


 バファローの群れは村の敷地を覆いつくすほどの数で、堅固な監視台さえも大きく揺れるほどの地響きを上げて突入してきた。


 特に悪さをするわけではない。ただバファロー同士が押し合いへし合いしながら、ひたすらに先へ進んでいるだけだった。


 監視台の下で二手に割れて進んでくるバファローは異常な熱気で、体からは白い蒸気が発していた。


 まわりには獣臭い空気が充満していて、ディノンは思わず顔をしかめた。


「畑はダメだな」

「そりゃあな。毎度のことさ。家が壊されるよりはマシだ」

 ダルザの言葉に、ディノンは首を振った。


「ご先祖に感謝するしかないな。地上に住んでたら家なんぞ粉々だったな」


 話している間にも、群れの先頭は遠ざかって行った。代わりに数頭のバファローが遅れて近づいてきていた。


「獲物だ」


 カンカン カンカン カカカン カカカン


 ダルザが鐘を鳴らすと、待機していた狩人たちが地下から飛び出して、村の外へ駆け出して行った。


 狩人たちは普通、兎や狐などの小物や、村人を襲う狼などを狩る事が多い。

 バッファローを狩ることもあるが、大物を一頭狙うには数人がかりになる。そのため、単独かせいぜい二~三人で狩りする彼らは滅多に狙うことがない。


 ただバフの日だけは、村の狩人全員でかかるため狩りやすいのと、村の畑が壊滅的に荒らされるので、その後の食料不足を補うためバファローの肉が必要になるのだった。


「どうだ、見えるか」

 ディノンの目では村の外で闘っている狩人たちの細かい動きがよく見えなかった。


「ああ、射かけているが、弾かれてる矢も多いな。兎や狐より皮が固いし、バフの日はいつもより興奮してるからな、動きも早い」


「危ないようなら撤退させてくれ。命の方が大事だ」

「あっ、一頭倒れたな。小振りだが、子供かもしれん」

「おお」


「ラナンかな、あれは。ラナンがとどめ刺したな」

「ラナンか、手柄だな」


「もう一頭、大きいのも倒した。残念、あと三頭は逃がしたな。村をそれて行った」

「まあ、いいさ。これから何度か群れは来るだろうから」


 やがて、獲物を荷車に乗せた狩人たちが戻って来た。


「おつかれ。獲物は監視台裏から運び込んでくれ。解体役たちがいるから渡してくれればいい。まだ次が来るま交代で休憩だ」


「おう、そうさせてもらうよ」

 ディノンが声を掛けると、狩人たちは手をあげて裏へまわっていった。


「ルノ!、けがしたのか」

 ダルザが声を上げた。


 若い男に支えられて歩いて来る年輩の男だった。


「ああ、しくじった。足が折れたかもしれん」

 ルノは悔しそうに答えて、痛かったのだろう、顔をゆがめた。


「地下に治療班の女たちがいる。あいにく医者は呼べなかったが、痛み止めと湿布薬くらいあるから行ってくれ」

 ディノンは言って、地下へ下りる通路に待機している伝令役に治療班に伝えるよう指示した。


 その後も十回以上、日が落ちるまでバファロー暴走は続いた。

 よくもまあ、これだけの数、バファローはいたものだと驚くほどに、三百頭、五百頭とと群れが通り過ぎて行った。

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