バフの日
仲津麻子
第1話バフの日
この世界は獣の名が付けられた12年の周期から成る。
トルク、ラビ、バド、ゴトゥ 、エイプ、サペント、ディストリア、ウルフ、ボア、バッファロー、レオ、ドラゴンである。
それぞれの年はその獣が持つ特徴に影響される。
たとえば、ラビの年は穏やかで平和な年になる、サペントの年は景気がよく商売が好調。エイプ年は豊作になるが虫害、獣害も多くなる。ボア年は人や獣が激高しやすく小競り合いが多い。
一部では迷信だとも言われるが、あながち間違いでもなかった。
バッファロー年は気候も人の心も比較的穏やかな日が続く。ただし年に一日だけ、人々がこの日のために備えていることがある。
それは、バフの日と呼ばれていた。
バッファロ年がはじまって最初に南風が吹いた日から数えて、七日後に突然起こるバッファローの大移動である。
バッファローは、彼らの村に近い平原に住む草食の獣だ。
そのバッファローが突然雄叫びをあげ、まわりにいるものをすべて弾き飛ばし、狂ったように暴走をはじめる。
なぜそうなるのかはわかっていない。
ふだん数十頭ずつ群れてテリトリー内だけで暮らしている彼らが、血が濃くなるのを防ぐために混ざり合い、新たな群れに改編するための行動ではないかとも言われているが、本当のことは誰も知らない。
理由はなんであれ、近隣に暮らしている住民はたまったものではない。十二年に一度来る災厄で、村は蹂躙され廃墟同然となる。
自分たちの手で木を伐採し、小屋を建て、狩りや農業で細々と暮らしていた彼らにとって、村の立て直しは時間がかかる。
すべての家が修理を終えて、ようやくこれからだという時に、またバフの日が巡ってくるのだ。これでは、村が大きくなるどころか、かつてはこの地をあきらめて出て行く者も多かった。
「いいか、合図があったら女子供は絶対に地上に出るなよ」
村長のディノンがきつく念を押した。
集められた住人の女たちは、緊張したようすで無言でうなずいた。
幼い子供たちはこれから何が起こるのかわかっていなかったが、大人のいつもと違うようすに不安そうにしていた。
「子どもらは今回が初めてのバフの日のヤツも多いだろう。いつも平原で草を食ってるバッファロー。知ってるだろう。あれがバフの日には気が狂って走り出す。お前らなど踏み潰されちまうからな」
子供たちは驚いたように目を丸くして、母親の腰にしがみつく子もいた。
「狩人たちも群れが通り過ぎるまでは無理をするな。後から遅れて来る弱いヤツだけを狙え」
「おう。子どもら、楽しみにしてろよ。うまい肉狩ってくるからな」
男たちの中の一人が拳をあげた。
「そうだな。肉が山盛り捕れるからな。みんな、明日からは保存食作りだ。忙しくなるぞ、そのためにも今日はくれぐれも気をつけるんだ」
ディノンは言って、元気づけるように笑った。
村の敷地は、ただ木の柵を巡らせただけの簡素なもので、住居は一軒も建っていなかった。
中央に石を積んだ部不格好な監視台があって、まわりに芋や蕪らしい野菜を植えた畑が少しあるだけだった。
長年破壊されつづけて来た彼らの祖先は、いつの頃からか家を地下に建てることにした。
どれほどの時間をかけて掘ったのかはわからない。まともな道具もなかったはずの昔に、村人数十人が暮らせる地下を掘るなど、それこそ気が遠くなるほどの工事だったはずである。
しかし、そうせざるを得ないほど、せっぱつまった状況だったのだとわかる。
その先祖の苦労のおかげで、現在の彼らは比較的安全にバフの日を過ごすことができていた。
カンカンカン カンカンカン
突然、鐘の音が鳴り響いた。
「来た!」
「ちょうど七日目だな」
男たちがざわめいた。
「よし、第一陣が来たぞ。みんな配置につけ」
村長の檄が飛んで、男たちはそれぞれの役割に散って行った。
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