私のやるべきこと

岡本梨紅

第1話

 私には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 私の前には、高校生の私が両手で抱えて持てるほどの大きさの鞄がある。そしてその中に入っているのは、時間が一秒単位で減っていく電子パネルと、たくさんのカラフルなコードが複雑につながっている箱のような形をしたもの。そう、爆弾だ。


 私は音声通話のスピーカーモードにしてあるスマホに向けて、声をかけた。


「兄さん。タイマーが三分きった」

「焦るな。焦りこそ最大のミスだ。このまま順当にいけば、三分以内に解除できる」

「うん」


 スピーカーからは、警視庁警備部機動隊の爆発物処理班に所属している兄さん、悠史の声が聞こえてくる。兄さんの言葉に、私は一度、大きく深呼吸をした。


「兄さん。次はどれを切ればいい?」

「次はーー」

 

 私がいるのはショッピングモールのフードコートエリア。今日は日曜日なので、友人たちと映画を見に来ていた。さっきまで楽しくおしゃべりをしながらご飯を食べていたのだけれど、今は兄さんの指示のもと、爆弾解除をしている真っ最中だ。なぜ、一般市民である私がこんな危険なことをしているのかというと、フードコートを出ようとしたときに、観葉植物と柱との間に隠すように置いてある鞄を見つけてしまったからだ。


「……あの鞄」

「ん? 詩乃。どうしたの?」


 最後尾を歩いていた私が足を止めたのに気付いて、友だちたちが戻ってきた。


「あの鞄、ずっと置いてあるなって」

「あ。私もそれ思った」

「しかも、なんか隠すように置いてあるよね。それに普通、鞄を忘れて帰る人なんている?」

「ちょっと、見てくるね」


 私は鞄に近寄った。片手にスマホを持ちながら。


(刑事ものの小説とかだと、たいてい不審物の中にあるのは、爆弾だったりするんだよね)


 鞄にはチャックなどがなく、上から覗き込めば中身が見える仕様の鞄だった。覗き込むと、当たっては欲しくなかった物があった。


(なんで私の嫌な予感は当たっちゃうかな)


 私は頭を抱えたくなった。私はなぜか高確率で不幸な目に遭うのだ。自分が怪我をするだけならいいけれど、なぜその他大勢の人まで巻き込むような事件に遭遇するのか。


「お祓いに行った方がいいのかなぁ」


 私はすぐそこにいる友だちたちで作ってあるグループメッセージに、文章を打ち込んだ。


『爆弾発見。いつも通りお願いします』

『マジか。オッケー』

『詩乃。本気でお祓いに行くことをオススメする』

『こっちは任せて~』


 私の友だちたちは、私の体質をよく知っている。なので手際よく対処してくれる。危険物があるため、館内の人たちの誘導をするよう、お店の人たちに伝えたり、警察に連絡したりなどなど。そうして、私は専門家でもある兄さんに電話を入れた。


「俺の仕事中に電話をかけてくるってことは、また見つけたか?」


 ワンコールで出た兄さんの開口一番の言葉に、私は思わず口を尖らせる。尖らせたところで、兄さんに見えるわけじゃないけれど。


「おまえのダチからの通報で、すでにそっちに向かってはいるが、詩乃が見つけた爆弾の残り時間は?」

「まだ十分はある」

「十分か……」


 黙り込んだ兄さんに、私は冷や汗を流す。兄さんが会話の途中で黙り込むときは、たいていロクなことがない。いや、もう爆弾と遭遇している時点で最悪な事態ではあるんだけど。


「詩乃。工具セットは持ち歩いているか?」

「あるけど……え? ちょっと待って。まさかだけどさ」

「そのまさか。そこにある奴、写真とって俺に送れ。俺が解体指示を出してやる」

「兄さん。私、ただの女子高生だよ?」

「今までも爆弾解除してきたことあるだろうが」

「うっ」


 実は爆弾と遭遇するのは、これが初めてではない。なんなら今回のように、兄さんから遠隔で指示を貰って解体したこともある。


「フードコートでは、当然料理を作るためにガスが使われている。そこで小規模でも爆弾が爆発してみろ。あっという間に火の海だ。俺たちが向かっているとはいえ、正直間に合うか微妙なラインだ。そこで、詩乃の出番ってわけだ」

「兄さんの鬼畜野郎っ!」


 私は口では文句言いつつも、しっかりと爆弾の写真を撮って兄さんに送る。


「よし。この爆弾なら詩乃でも解体できるレベルだ。んじゃ、とっとと指示してくぞ。時間は止まってはくれねぇからな」

「わかってる」


 私は鞄からいつも持ち歩いている工具セットを取り出してハサミを手に取った。


「準備オッケー」

「まず最初はーー」


 兄さんの指示のもと、私はコードを次々とハサミで切っていく。十分はあった時間は、いつの間にか三分を切っている。周囲に人はいない。友だちたちと駆け付けた警察によって、安全に避難したようで、モール内は耳が痛くなるほどの静けさだ。


「次でラストだ」

「え? 兄さん、まだコード残ってるよ。奥のほうに短いのが二本。赤と青」

「なんだと? 最後の最後でトラップかよっ!」


 ガンッと通話口から何かを殴った音が聞こえてきた。兄さんは苛立つと物に当たるクセがあるんだよなぁ。


 私は爆弾を覗き込んでいた体勢から、グッと体を伸ばして、財布を取り出し、十円玉を取り出し、ピンッと上に弾いて手の甲で受け止め、片手で見えないように隠す。


「兄さん。表だったら青。裏だったら赤。兄さんはどっちが出たと思う?」

「コイントスか。迷った時、すぐにそれやるのやめろよな」

「いいから。時間は止まってくれないよ」


 兄さんが言った言葉を返してやり、私は答えを催促する。


「裏」


 私はコインを隠していた手をどけた。結果は裏。つまり切るコードは赤いコード。


「裏だった。赤いの切るね。これで爆死したら、兄さんの枕元に化けて出るからよろしく」

「軽く言うな! まだ時間あるだろ!? もうちょい待て!」

「やだよ。この緊張感から早く解放されたい。というわけで切るね」

「あ、おい!」


 兄さんが騒いでいるが、私は迷いなく赤いコードを切った。すると、パネルの数字が止まった。……解除、できたのかな?


 ふぅっと息をついていると、大勢の足音が聞こえてきた。そちらに顔を向けると、完全防備をした爆発物処理班が到着した。その中にはもちろん、兄さんの姿もあった。私はひらひらと手を振る。


「詩乃!」

「うぇ」


 完全防備な兄さんに抱きしめられて、思わずあられもない言葉が口から出てしまった。


「なんて危険なことしたんだ!」

「いや、素人に爆弾解除の指示だしてた人が言うセリフ?」

「まったくだよ。というか、詩乃ちゃん。君は本当にお祓いに行った方がいいと思う」

「あ、杉山さん」


 兄さんの同期の杉山さんが、半ば呆れながら私たちのそばに来た。爆弾はすでに他の人たちが慎重に運んだようだ。


「詩乃ちゃん、事件に巻き込まれるの何回目?」

「いちいち覚えていませんよ。あ。爆弾解除はこれで3回目」

「女子高生が覚えなくてもいいことなのに……」


 杉山さんが深くため息をつきながら、私の頭を撫でる。


「こうも事件に巻き込まれると、外出するのも億劫になるよ」

「でも、今回も被害が出なかったのは、詩乃ちゃんのおかげだね」

「いつも通りの対応で、お願いします」

「わかってるよ」

「報道陣に知られたら、やべぇもんな」


 一般人である私が解体したと世間で知られたら、あっという間に個人情報保護法なんて意味がなくなる。本名はもちろん、住んでいるところや通っている学校まで特定されてしまうだろう。ネットの世界は怖いのだ。


 私は道具をしまって、鞄を持った。


「じゃあ、俺は詩乃を裏口まで送ってくる」

「はいよ。行ってら~」

「失礼します」


 杉山さんたちに頭を下げて、私は兄さんに付き添われながらショッピングモールの裏口へ向かう。表にはすでに報道陣がいるから身バレ対策だ。友だちたちにも、連絡をいれてある。

 裏口から出ると、すでに彼女たちが待っていてくれた。


「詩乃~」

「お疲れ」

「詩乃のお兄さんも、お疲れ様です」


 私は友だちたちの労いに、ほっと息をついて、兄さんを見上げた。


「じゃあ兄さん。私は頭を使って疲れたから、甘い物を食べてから帰るよ」

「あんまり遅くなるなよ」

「は~い」


 私は兄さんに手を振って、友だちたちと合流した。


「クレープ食べたいなぁ」

「それなら、駅の近くに美味しいクレープ屋さんがあるらしいよ」

「じゃあ、そこに行こう! 詩乃の分は、うちらで奢ってあげるよ」

「え? それは悪いよ」

「頑張ったご褒美。詩乃のおかげで、私たちは無事だったんだから」

「ん~じゃあ、お願いしようかな」

「は~い。お願いされました!」

「好きな物、頼んでいいからね!」

「そうよ。救世主さま」

「大げさだよ」


 友だちたちの言葉に、私は笑う。私といると危険が多いことが分かっているのに、彼女たちはいつも通り接してくれる。本当に優しい友だちたちだ。


(今度の場所では、なにも起きないといいなぁ)


 人はこれを、フラグという。

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