ポップコーン
ルリア
ポップコーン
火をつけようとガスコンロのスイッチを押す。
点火プラグがカチカチと鳴る音が静かなキッチンに響く。
先日、ガスコンロの電池が切れて新しい電池に入れ替えたときには笑ってしまうくらい早かったこのカチカチ音も、だいぶ落ち着いた。
ついさっきスーパーで買ってきたアルミ鍋のポップコーン。
真ん中の通気口に貼ってあるシールをペリペリと剥がし、取っ手を持って火のついたコンロにかざす。
弱火にして火から三センチ離してゆっくりとゆする……?
ふーん。そんなのまじめに火からの距離を測るやつなんていないだろ。適当でいい。
油が融けてポップコーンのタネひとつひとつがカシャカシャとアルミを鳴らす。
以前どこかで読んだけれど「爆裂種」のとうもろこしでないとポップコーンにはならないらしい。
しかし「爆裂種」って物騒だな。ホウセンカの種も「爆裂種」でもおかしくないんじゃあないかと一瞬考えたけれど、あれは種が取れるときにはじけるだけであって種自体が爆裂するわけじゃないから違うのか。
わざわざポップコーンの品種のためだけに「爆裂種」って言葉が使われるようになったのだとしたら贅沢だ。
ほぼ固有名詞みたいなものじゃないか。
ポン菓子は爆裂種には分類されないのか。
あれははじけるんじゃなくて膨張かな。
ポップコーンのふぞろいさとはちがって形がきれいだもんな。
ああ、どうでもいい。
そんなことを考えていたら徐々にタネがはじけだして、カシャカシャと鳴る音のなかにポンポンという音が混ざりだした。
ぺたんこだったビニールがはじけたタネの力を受けて徐々に膨らみはじめる。
そしてだんだんとポンポンとはじける音のほうが多くなり、カシャカシャと鳴る種の音が少なくなる。
ぱんぱんに膨れたビニールのなかに詰まる白色。
──ぜんぶきれいにはじけているといいな。
すっかりはじける音がしなくなったアルミ鍋を火からおろし、鍋敷きの上に置く。
手では──開けられないよな、さすがに。熱すぎる。
そう思って棚からつまようじを一本取り出し、通気口に入れて手前に引き、ビニールを引き裂いて開く。
ひとつだけつまんで口のなかに放り込む。
「あっふ!」
誰もいないのに思わず声に出てしまうほど熱いポップコーンはしかし、出来たてがいちばんおいしい。
キッチンに立ったまま、ひょいひょいと口に運ぶ。食べ進めるうちに歯の凹凸がなくなったり隙間にはさまったりするのは嫌いだ。
でもそんなことなんかよりポップコーンがおいしい方が大事なんだけど。
この瞬間に耳のなかに響く咀嚼音はまぎれもなく、じぶんだけのもの。
バター味が好きだな。塩味もおいしい。テーマパークで食べるならキャラメルかブラックペッパーがいい。
ポップコーンの屋台から漂ってくるキャラメルの香りがいちばん好きだ。
あの香りは反則であり、すごく効果的な販促だと思う。
そういえば以前、ポップコーンのタネだけを買ってフライパンでつくったとき、バター味にしたくてバターだけを入れたフライパンでポップコーンをつくろうとしたらぜんぜんはじけなかったっけ。
おかしい、と思ってサラダ油を追加したら油が温まったとたんにはじけだした。
バターの油ではそんなに高温にはならないのかって考えたのに、結局その根拠について明確に調べてなかった。もしかして量が足りなかったとか?
いずれにせよ、きちんと記載されているとおりにつくらなかったじぶんが悪いのだけれど、なかなか興味深い経験だったな。
爆裂種に高温の油は必要不可欠なんだ。
ポン菓子に必要なのは高圧だけど。高温と高圧って。
調理に必要とするエネルギーが高い食べ物だなあ。
きょうのポップコーンはそのままつくるやつだったから何も迷わない。
ただ指示されたとおりに調理するだけ。
これを調理とよぶにはなんだかおこがましいけれど。
そしてただの塩味。なんとなく塩気が足りないと思ったらいつでも追加できる。
まあ、それすらめんどくさいからやらない。
どうせ食べるのはじぶんだけだ。
そんなことを考えながら黙々と食べていたらあっという間にポップコーンはなくなってしまった。
あんなにあったのに。
アルミ鍋を手に取り揺らす。
はじけなかったポップコーンのタネがカラカラと鳴る。
「さすがに食べられないよな」
そうつぶやきながらひとつぶつまんでみる。かたい。
ついでに口のなかに放りこんでかじる。
これもまた、じぶんだけの耳のなかでがりっと音がする。
「無理じゃん」
食べることのできなかったタネをぺっと吐きだす。
そいつはからりと音を立ててシンクに落ちる。
爆裂種の役割を果たすことのできなかった、はじけなかったタネ。
ぽつりと銀色のシンクを彩る小麦色。
そういえば──ポテトチップスとおなじように売られている袋のポップコーンにこのような不発弾は含まれていない。
このまえ買って食べたから間違いない。
こんなふうにがりっと噛み砕こうと思うような場面はなかった。
思い返してみればテーマパークのポップコーンにも。
映画館のポップコーンにも。
役割を果たすことができなかったあいつらは、いったいどこへ行くんだ?
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
いまここに吐き捨てたタネは、じぶんの技量が及ばなかったためだけにはじけられなかったのか、それともはじけることでまっとうされる自身の役割を知らなかったのか、そもそも──こいつは、はじけることのできない運命だったのか。
ふ、っと鼻から息が漏れる。銀色にかこまれてぽつりとたたずむ小麦色から目をそらす。
ふだん明らかに提示されていない、明確に数値化されていないから知らないだけで、じぶんが知らないポップコーンの不発弾はいったいどれくらいあるのだろうか。
そいつらの行く先は、いったいどこなのだろうか。
きっと、捨てられているんだろうな、見えないところで。
みんなとおなじに見えているのに、細分化したらおなじではなかった、なんてよくある話なのに。
こいつらは、ただ「はじけられなかった」だけでいともたやすく排除されてしまう。
なんとも哀れだ──いや、ほんとうに哀れなんだろうか。
わかりやすいだけまだマシなのかもしれない。
はじけるか、はじけないか、爆裂種のとうもろこしに与えられた選択、いや、結末はただそのふたつだけだ。
もういちど、ちらりと小麦色を見つめる。
「もうすこし食べたかったな」
ただ、そう思った。
ポップコーン ルリア @white_flower
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