第4話 疑惑

 数日たって交番に菜々が、小柄で眉の太い男を連れて来た。

「部長、加藤先輩です」

 ちらっと見て、遠藤に挨拶もしないでスマフォを取り出した。

「私の研究室の先輩です。今も大学に残って助手の仕事をしてるんですが」

「菜々ちゃん、助手にはなってないの。ポスドクでバイトさせられているだけだから」

「先輩、こちらが私の上司の遠藤部長で」

 加藤はスマフォの音を流し始めた。遠藤の声が流れた。

「奈々ちゃん会いたいよ、会いたいよ。いつもリケジョって言ってごめんね」

「なんだそれは、俺はそんなこと言ってないぞ」

 加藤がニタっと笑った。

「凄いでしょ。これね、スピークにあなた、いや遠藤部長の会話をつくらせたんです」

「お前、趣味の悪い奴なのか」

 二人の最初の出会いは失敗したと思った菜々は、会話に割り込むのであった。

「つまりですね、人の会話をまねさせることができるんです。まねるというか、いかにも本人が言いそうなことを自然に話すというのがスピークの特徴なんです」

 遠藤が「だからなんだ」という顔して加藤を睨んでいた。

 遠藤が睨むのを無視して加藤がスマフォをいじった。

 すると遠藤の声が小さなピーという音になった。

「どうした、壊したのか」

「壊す?私が?」

 二人の間に入るように奈々が言った。

「先輩、急に録音データにおかしなノイズ音が、一体なんですか」

「時々、こういうノイズ音が入っているんだよね。どうも、暗号化さているようなので、結構がんばったんだけど、一部だけしか復元できなかった。えっと、復元した音声はね」

 加藤が、スマフォを操作すると女性の声が流れてきた。

「あなたに会いたいの」

「ここは一人で寂しいの」

「ずっと、ずっと待ってる」

一言ずつ、ゆっくりと悲しそうな話し声だった。

「これって木村さんの声ですか?」

「きっとそう。こうやって暗号化して、ホログラムやVRの会話システムに入れ、音声の認識プログラム側に解析モジュールを加えておけば、会話の中に時々入ってくることになる」

「長谷川さんが開発したのでしょうか?」

「いや、わざわざ、暗号化はしないだろ。だれかが、木村さんと長谷川さんの会話をコントールした、というのが僕の結論」

 加藤の話しを、眉をひそめて聴いていた遠藤が関心したように言う。

「すげえなあお前。これで商売できるんじゃないのか」

「僕の研究テーマは違いますから」

 加藤はにべもなく言った。遠藤が理解していないことは明らかだった。

「で、これがなんなのかい」

「きっと長谷川さんと、木村さんの会話のなかに、こうしたちょっとした言葉が散りばめられいて、これで、長谷川さんの意識を操作した可能性があります」

「意識を操作する?そんなことできるのか」

「サブリミナルですよ。つまりサブリミナルというのは、本人が気づかないうちに何度も見たり聞いたりしていると・・・」

 自分が理解不能なことを長く話しそうな加藤を遮るように遠藤が言う。

「じゃあ、この声を何度も聞いて、長谷川は自殺したというのか。いやいや、いくらなんでもそれはないだろう」

「あくまで、可能性の話しです。けど」

 加藤が急に静かになった。

「先輩、けどってなんですか」

「変なことを言うかもしれないけど、今回データを分析してて、ふと思ったんだよね。浦島太郎ってお爺さんになってから、死ぬまで何を考えていたのかなあって」

「はっ」

 遠藤が大声で言った。

 遠藤を睨んで菜々が「どういうことですか」と聞くと加藤は、また静かに話し始めた。

「長谷川さんは、いつもVRで、仮想の世界で木村さんに会っていたんですよね。けど、それだけじゃ、もの足りなくて等身大のホログラムをつくった。仮想の世界じゃ満足できなくて、もっと現実世界の中で木村さんと生きようとした」

「はあ。じゃあ長谷川は竜宮城から帰ってきた浦島太郎っていうのか」

「なんとなく、今だったら、浦島太郎が優秀な科学者だったら龍宮城を作れるかなって思ったんですよ」

 遠藤が深く頷いた。

「なるほど。さっきの小難しい話しは分からんが、今の例え話はなんとなく分かった。長谷川は作り物の龍宮城じゃなく、本物の龍宮城に行った、ということか」

「きっと長谷川さんは精神的にかなりまいっていたと僕は思うんです」

「そして、長谷川の背中をこの木村さんの声が後押しした。つまり誰かが仕掛けた、長谷川は自殺じゃないって言いたいのか」

「けど、先輩、本庁の科捜研も分析したんじゃないのですか」

「まあ、僕が分析できるくらいだから、きっと解析してたと思うよ」

「ふーん。そういうことか」

 遠藤は大きくため息をついた。

「木村さんの、このセリフを長谷川ではない誰かが、入れ込んだとしても、他殺の証拠にはならない。本庁はそう結論したんだろう。まあ、今の話しだって、結局全部想像だからなあ」

「はい。全て、僕の想像です。けど、僕も長谷川さんと同じような研究をやっていて、僕らのやっている研究は人をそこまで追い込むことができるのかもって、思わず考えてしまったんです」

 遠藤は、急にニコリとして加藤の前にすくっと立ち上がった。

「お前、いい奴だな。見た目はトッチャン坊やだが、性格は実にいい。見直したよ」 

 遠藤はそう言って加藤の頭をポンポンと叩いた。

「部長、”お前”も”トッチャン坊や”も頭を叩くのも今の時代は駄目ですから。済みません先輩」

 奈々は遠藤の手を力強く払いのけるのだった。


 

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