第3話 遠藤の拘り
事件の翌日から長谷川の死はマスコミに大々的に報道された。時代の先端の若き成功者の自殺と言う、マスコミのいかにも飛びつきそうな事件であった。
薄暗い部屋で実際に死んだ長谷川を見ている菜々にしてみると、マスコミの賑いは長谷川の死とは関係ない世界での騒ぎのような気がしていた。
遠藤が本庁の研修で不在のため、ここ数日は奈々は遠藤の代替で来た先輩巡査竹内との2人の交番勤務であった。
遠藤が嫌いというわけでないが、歳が近い竹内との当番の方が菜々は気楽であった。
そんな気楽さからか、この交番に赴任してから、ずっと気になっていたこと、本人には聞けないことを奈々は竹内に聞いた。
「遠藤部長って刑事課にいらしたんですよね」
「うん。定年間際になって、部長は刑事課から交番勤務を希望して街に戻ってきたよ。ちょうど前の部長が定年だったんでな」
「けど、刑事課からまた交番勤務って、そんなのありなんですか」
「ありもなにも希望が通ったからここにいるんだろう」
「それは、そうですが」
「部長とうまくいってないのか」
「いえ、そういうわけじゃなくて、いや、確かに今の時代にそぐわない行動の時もありますが」
竹内は「パワハラ、セクハラかい」と言って「ははは」と大きく笑った。
「いえ、まさかそんなことは」と答えに奈々が困っていると「遠藤部長」と竹内が立ち上がった。
交番のガラス扉を勢いよく開けて私服の遠藤が入ってきた。
警官とは思えない派手なシャツに真っ赤でタイトなジーズンを履いている。強面で背も高いので、誰が見ても、取り調べる側でなく取り調べられる側の人間にしか見えない。
「よっ。お二人さん、真面目な勤務ご苦労である」
不思議そうに見ている2人に「座れ、座れ」と言って自分も反対側に座った。
「どうも気になってな、一応金子、ほらあの時にきた刑事にどうなったか聞いてみたんだよ」
「えっ、遠藤部長は研修ですよね」
生真面目な竹内に「まあ、まあ」と言って話しを続ける。
「やっぱ、椅子の横に転がっていた薬の過剰摂取による死亡、つまり自殺という結論になったそうだ。けど、どうも俺は納得いかなくてな。リケジョの先輩達は、俺なんかじゃ分からないことを考えているのだろうけど、長谷川が自殺する意味がわからん。うん、そこでな、事件の日のホログラムと長谷川の会話記録があると金子が言ってたんで借りてきた」
「部長、そうなことして大丈夫なんですか」
竹内が驚いたように言った。
「普通は駄目だが、もう解決済み出しな。リケジョ、ちょっと調べてみてくれ」
遠藤が菜々にUSBを渡した。
「そんな、本庁の科捜研があるのに私の出る幕なんてないですよ」
「本庁も忙しいし、有名人の事件ってのは早く結論を出したいものさ。勿論、捜査に問題はないだろうが、なんか引っかかってな。なあ、頼むよリケジョ」
しぶる菜々の手に遠藤はUSBを握らせる。
菜々は学生時代の友人に聞いてみると言った。
「それから、遠藤部長、そのリケジョですが」と奈々が言うと竹内は面白そうに笑うのだった。
「部長、今回の研修の課題のひとつが管理職のコンプライアンスですよね」
「ああ、そうそう、ちゃんと勉強したきた。うん、ためになった」
奈々も笑うしかなかった。
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