第3話

 とりあえず、雷志は魔王城の散策から始めることにした。

 家臣たちからはまだ休めと散々気遣われたが、特に身体に異常はなし。

 逆に恐ろしいぐらい好調だった。

 あの神殿で飲んだ薬が原因なのだろうか……?

 雷志はふと、過去に意識を遡らせる。

 結局、あれがなんだったのか。それを彼が知る術はもはや皆無に等しい。

 確かめようにも異世界にいる以上、もはやどうすることもできない。

 元の世界に戻る手段があるのであれば、話は別だが。

 とにもかくにも、まずは情報が少しでも多くほしい。雷志はそう判断した。



「それにしても、思ってた以上にここは広いな……」



 魔王城の中を物色する傍らで、雷志はそうもそりと呟いた。

 城というのだから、その規模が大きいことについてなんとなくながらも察した。

 いざ実際に徘徊してみて、まだ半分すら見舞われていない。

 個室も多く、どこに何があるのかさえもわからない状態だ。

 せめてトイレの位置ぐらいは把握しておこうとして、一時間も彷徨ったのは予想外極まりない。

 これについては、家臣の説明があまりにも下手すぎるのが原因なのだが。

 擬音を交えた説明をされても、よくわからない。



「それよりも……」



 雷志ははた、と己の格好を見やり同時に深い溜息をもらした。

 彼の装いは、禍々しいデザインをした重鎧にマントといった出で立ちである。

 漆黒の光沢を宿し、ルビーによって装飾されたそれは豪華の一言に尽きよう。

 紅いマントなどは、まるでごうごうと燃え盛る烈火のごとき色鮮やかさである。

 正しく魔王として相応しい装いだが、当の本人はこの装いに否定的であった。

 ゴツゴツとしすぎている上に、非常に動きにくい。

 身を護るためなのだから致し方ないとは言え、常に息苦しくては心身共に休まらない。

 後は単純にデザインが気に入らなかった、というのもある。

 日本人だからだろうか。西洋の鎧のデザインはどうも好きになれない。



「まずは、この恰好からどうにかするか……さすがに鬱陶しすぎる」



 そう言えば、仕立屋がここにはいるとアモンが言っていたな……。

 雷志は早急に、仕立屋に依頼を発注することを決意した。



「えっと……ここが確か宝物庫だったっけ?」



 そこは他のどの部屋よりも立派にして、堅牢に守られていた。

 黄金と宝石で装飾されたデザインは、明らかに大切なものがここにある。

 そう強く主張していて、しかし実際はとても分厚い鋼鉄製だ。

 破壊しようとしてもそう簡単にはいかないだろう。

 鍵穴とかの類はないが……。雷志が何気なく、そっと指先で触れた。

 次の瞬間、がちゃり――何かが空いたような音が静かに鳴った。

「俺、特に何もしてないぞ……!?」

 雷志は狼狽しながらも、きっとそう言ったシステムなんだろう。そう思うことにした。

 同時に自身が、本当に魔王城の主であるという信じ難い現実を否が応でも彼は受け入れざるを得ない。

 城主でなければ、触れただけであっさりと解錠されることは恐らくないだろう。

 思いの他、ハイテクな城なんだな。雷志は未だ困惑しながらも、反面ちょっとした高揚感を憶えた。



「――、さてと。ここにはどんなお宝があるのやら……って、なんだこれは!?」



 入って早々に雷志は唖然とした。

 宝物個というのだから、普通ならば金銀財宝がたんまりとある。

 そのような光景が真っ先に思い浮かぶに違いあるまい。

 だが、雷志の目前にあるのはイメージとはあまりにもかけ離れた光景だった。

 宝物、と呼べるものはほとんどなく。あるのは小さな宝箱が一つと、壁に飾られたガントレットのみ。



「――、魔王様! こちらにおられたのですね!」



 雷志が唖然としている背後で、その女性はひどく慌てた様子でやってきた。

 栗色のポニーテールに碧眼を宿す女性は、美しさの中に戦士としての勇ましさがあった。

 頬に刻まれた傷跡が、彼女が歴戦の戦士であるという雰囲気をひしひしとかもし出す。

 青を主としたドレスアーマーに腰に佩いた一振りの剣が、より一層彼女を引き立てた。

 戦乙女――そんな言葉が、雷志の脳裏にてふとよぎる。

 本物の戦乙女には、ヤギのような角は生えていないが……。



「えっと……あなたは?」



 雷志はおずおずと、女性に尋ねた。



「本当に我のことをお忘れなのですか!?」



 戦乙女は凛々しいその顔に、絶望の感情を滲ませる。



「――、すいません。なんだかその、俺記憶喪失ってやつみたいでして」


「そんな……おのれ人間の勇者共め! 魔王様をこのような目に遭わせるとは、なんて卑劣な奴らだ!」


「ま、まぁ記憶がないだけで他は全然大丈夫ですから! ほら、もう全然大丈夫でしょ!?」


「魔王様はご無理はなさらないでください! 傷口が開いたらどうされるのですか!?」


「うぇっ!? す、すいません……」


「あ、いえ。我の方こそ魔王様になんという無礼を……! お詫びに今ここでこの首を斬って――」


「いやいやいやいや! そういうのいりませんから! 命は大事になさってください本当に!!」



 なんなんだ、この戦乙女ヒトは……!

 突然、自ら首を刎ねようとする戦乙女に雷志は激しく困惑した。

 ひとまず、宝物庫……とは名ばかりの倉庫が血の海にならなかったことに安堵して、さて。



「えっと、それであなたのお名前を聞いてもいいですか?」


「あ、そうでしたね。それでは改めて……我は魔王軍騎士団長のカルナーザ! 我が主君を守り、ありとあらゆる障害を切り裂く最強の剣!」


「お、おぉ……カルナーザさんですね。ありがとうございます」


「……その、魔王様? 我のことはその、呼び捨てで呼んでいただけませんか?」


「え?」


「なんだか落ち着かない、と言いますか……。困惑されるかもしれませんが、呼び捨てで呼んでいただきたいのです。それと我に敬語は必要ありません」


「う、う~ん……」



 カルナーザからの要望に、雷志は一瞬だけためらった。

 外見だけで言えば、年齢はおそらく自分と大差はない。

 とは言え、彼からすればカルナーザとは初対面という関係である。

 かつては家臣と主、という関係だったかもしれない。

 だが、今となってはただの赤の他人同士でしかない。

 実際のところ、雷志は異世界よりやってきた住人なのだ。

 他人どころか、種族はもちろん関係性だって元から良好とはお世辞にも言い難い。

 本当に、彼女のことを呼び捨てにしてもよいものなのだろうか……。

 それなりの礼節を弁えているからこその迷いだった。



「――、わかり……いや。わ、わかった。それじゃあ改めてカルナーザ、よろしく頼む」



 結局、雷志はカルナーザの要望に応えることにした。

 未だ彼の胸中では葛藤がぐるぐると渦巻くが、そうせざるを得ないだけの理由が雷志にはある。

 戦士としての面影は欠片もなく、例えるならば雨の中に憐れにも捨てられた子犬のよう。

 この眼差しは、反則級だと思う。雷志はすこぶる本気で、そう思った。



「――、ッ! はっ! それこそ我の主! このカルナーザ、改めて魔王様の剣となり、盾となりお守りすることをここに誓います!」


「ま、まぁほどほどに頼む。命は大事にしてくれ。俺も、アンタが死んでしまったら悲しいからな」



 だって、きれいでかっこいいし。

 そう思う雷志だったが、口にすることなく胸の内だけに留めた。

 彼女が知る魔王は、こんなセリフを吐かないだろう。

 そう判断しての配慮であった。



「――、カルナーザ。少し尋ねてもいいか?」


「は! なんなりと」


「ここは、宝物庫だと聞いたが……その、なんていうか」



 どうしてこんなにもこざっぱりしているのか。

 明らかに宝物庫らしくない光景ではないか。

 そう雷志が尋ねるよりも先に、その乱入者によって遮られてしまう。



「ま、魔王様!!」



 慌ただしい様子でやってきた彼を、カルナーザがぎろりと鋭く睨む。

 氷のように冷たくて、日本刀のようにとても鋭利な眼差しだ。

 さながら獲物を狩らんとする猛禽類のごときカルナーザの眼光は、恐怖の一言に尽きよう。

 実際、自分が睨まれているわけでもないのに雷志は思わず表情を強張らせてしまった。

 それはさておき。



「え、えっと……どうかしましたか?」



 彼の様子から察するに、明らかに穏やかな内容ではない。

 それは人間である雷志の目からしても、一目瞭然だった。

 なんだか、とてつもなく嫌な予感がする……。

 そう思う雷志を他所に、そのモンスターは口火をきって吼えた。



「ゆ、勇者たちが攻めてきました!」


「はぁっ!?」


「クッ……やはりもうきたか!」


「え? え? ゆ、勇者……!?」


「敵の数は!?」


「勇者を含め、4名! 戦士、魔法使い、僧侶だと思われます!」


「あの、ちょっと……?」


「魔王様! 御命令を!」


「いや、ちょっと待ってお願いだから!」



 唐突すぎる展開を目前に、雷志はひたすら狼狽するしかできなかった。

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異世界転生したと思ったら魔王でした~人違いである上に最弱なオレが異世界で生きるための生存戦略~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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