脱出ゲームとかの知識ってそこそこにはあるから、仕掛ける側も大変なんじゃないかな。

「○○って、何だと思います?」


 ポケットというポケットを散々探ってみたものの鍵どころか財布も携帯電話も持たされていないことに苛立ちを覚えた頃に、一之瀬さんがその疑問を口にした。

 一之瀬さんは手の届く範囲の捜索を早々に切り上げて次の段階に移っていたようだ。

 確かに三分以内と時間は限られてるので迅速な対応が求められている。

 そう理解して的確な答えを返そうと思案したが、早押しボタンで答えるようには思考が回らない。


「例えば──『この部屋』とはめてみると、文章的には『この部屋には三分以内にやらなければならないことがあった』と成立してるように聞こえるね」


 俺の代わりに大道寺さんが例をあげてくれる。

 どうもフォローしてやらなければならない男として認知されてそうだ。


「でもそれだと、○○と伏字にする意味がわからない。やらなければならないこと、って後半がぼかされているのだから、この部屋、だとそこまで伏字にしてインパクトは薄いよね」


 大道寺さんの例に江田島が乗ってくる。

 この状況で主催者側の視点みたいな意見が出てくるのは、冷静さとはまた違う気がする。

 ゲームを楽しんでるタイプなんじゃないだろうな、そういう奴も猛犬共々死ぬ候補だろ。


「テメェら、だべってる暇があるなら鍵探せよ! 死にてぇのか!?」


「死にたくないから考えてるんだよ、宇野君。手探りだけじゃ鍵は簡単に見つからないんだ、時間を無駄にするんじゃない」


 暴れる猛犬に圧をかけるような諭し方を大道寺さんがする。

 宇野はわかりやすく、グッ、と言葉を詰まらせた。


「ああ、クソっ、だったら人名とかじゃねぇのか? 五人もいるんだ、誰かを指名してるとかだろ。五分の一、仕掛けてきてんだよ」


 宇野は何かを言い返したいとヤケ気味にそう案を出したが、一之瀬さんと大道寺さんはその意見を否定することもなく素直に受け入れていた。


「やっぱり、そうなりますよね」


「うーん、そうだとは思うんだが、残念な話だが今のところそれぞれ何かを見つけたというわけじゃないのだろ?」


 服の中に隠されてる、そういう灯台もと暗し的な嫌がらせを疑ってみたがそんな簡単なものじゃないらしい。


「だけどゲームにしては、ヒントが少ないよね。ノコギリとか置いてあって物騒な方法を取れってわけでもないし。そのプラカードのメッセージから考えれることが、答えに繋がってる系だとは思うんだよ。そういうの好きだろ、こういうのしたがるヤツってさ。どう考えても解けないようなただ理不尽なことやりたくて、ここまで面倒なことはしないと思うんだ」


 江田島がそう考えを話すと、一之瀬さんと大道寺さんは揃ってうーんと悩みはじめた。


 江田島の言うようにノコギリなんかが置いてあった場合、この鎖に繋がれた右手を切り落として抜け出すというとんでもない方法を取るしか無かったのかもしれない。

 手を切り落とすなんてのが三分以内に出来るのかも疑問だし、その後出血量次第では助かるのかも不明だ。

 デスゲームだなと何故だか受け止めてしまっているが、そこまで理不尽な事を求められる程誰かに恨みを買った覚えは無かった。


 主催者側の動機なんてものを考えだしたら辿り着く答えは、わからない、でしかないので考えるのは止めておこう。


 プラカードに書かれたメッセージ、それがルールでありゲーム攻略のヒントになるらしい。

 そう考えると、○○に当てはまる言葉がもし人名の場合、そもそも互いの名前を知ることになったキッカケは何だったかに思い当たる。


 名札、だ。

 結局、灯台もと暗し、か。


 俺は慌てて胸元についている名札を外した。

 安全ピンで留られているだけなので簡単に外すことが出来た。

 でも、これって、何の変哲もない名札でしか無いんだが。

 この安全ピンでピッキングをしろってことか?


「この中で誰か、鍵開けのテクニックとか知ってる人いる?」


 泥棒経験者に期待してるわけじゃない。

 解錠サービスアルバイト経験とかあれば十分なんじゃないかと期待する。

 しかし、一之瀬さんは首を横に振り、大道寺さんも同じくで、江田島は答える代わりに安全ピンを手錠の鍵穴にぶっ刺していたが簡単にひん曲がった姿を見せてくれた。


「宇野さんはどうだ? アンタ、素行悪そうだから車とかバイクとかで経験あるんじゃないのか?」


「オイ、ふざけんなよ、阿久津くんよぉ。オレはよ、そんなヤツらを捕まえる側で──」


 猛犬が実は狂犬だったぐらいの犯罪歴を期待したのだが、苛立ちながら言葉を返す宇野は自分の名札を掴みながら何かに気づいた。


「・・・・・・○○は二文字で、宇野ってことかよ、クソったれ!!」


 射し込む僅かな月明かりに照らされて宇野が手に持つモノが光る。

 名札の裏に隠された、小さな鍵。


「アンタ、あんだけ騒いでて触ってなかったのかよ、自分の名札!?」


 江田島が文句を言うが、宇野は取り合う事をせず鍵を自分の右手の手錠の鍵穴に差し込んだ。


「クソがっ、クソがぁぁっ!!」


 鍵が回り、手錠は簡単に外れたというのに宇野は誰かに向けての罵声を続ける。


「宇野は三分以内にやらなければならないことがあった、だぁ!? それが答えだとしたら、ああ、クソっクソっクソっっっ!!!」


 外れた手錠に怒りをぶつけ、床へ叩きつける宇野。


「オ、オイ、宇野さん、とにかく落ち着いてくれ。アンタが何かやらなければならないってなら落ち着いてそれを探して、俺たちの手錠も──」


「クソっ、すまねぇ、答えがそれなんだとしたらよ、テメェらは全員、オレに巻き込まれただけなんだ! 本当に、すまねぇ!!」


 俺の言葉を遮って、怒鳴るように宇野はそう言うと、俺の頭上、壁に掛けられてるらしい時計へ一瞬目をやる。

 カチカチと何度秒針を刻んだのかは数えてなんていなかった。


 すまねぇ、もう一度宇野はそう言葉を発した後、時計とは反対側、大道寺さんと江田島の間に位置するドアへと走り出し止まることなく開けた。

 俺はその一連の動きがあたかもスローモーションのようにも見えていて、何かが出来る訳でも無くただただ──


「は?」


 と目覚めよりは若干マシな声が出ただけだった。

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