第10話 白柘榴は真実を語る

 アルビはこの国の化身である。いわば国そのものと言ってもいい。一つの時代の期限は百年であり、そのうちの九十年を国として生き、残りの十年を人として生きる。その人間時代の間に、白柘榴アルビノを喰らい命を芽吹かせ次代へ巡る。それがアルビノが唯一、アルビを救うことのできる者である証だった。

 だがある頃から、いつかの時代のアルビがアルビノを喰らうことを拒み始めた。結果的に喰らうことにはなるのだが、その時代の国の有り様と言ったら、口にするのも悲しいものだった。白柘榴とは、アルビに喰らわれるためにマスカレードが叡知を集結して作った果樹であり、アルビを延命させるための部品だ。

 そんな部品であるアルビノに、アルビは「友になってほしい」と言った。


(食い物に〝友〟と言うやつがあるか……。馬鹿なのか、お前は……)


 どこかで、アルビの息を呑んだ音が闇の中に木霊した。


(違う。俺はお前を悲しませたかったわけじゃない……)


 一度拒絶した手を、アルビに伸ばしていた。少し触れた先から、彼の体が震えていることに気がつく。怖がらせてしまったのだと、そう思った。アルビノはこれ以上彼を怖がらせないように、ゆっくりとアルビを抱き寄せる。一瞬アルビは大きく身を震わせたが、それはすぐに治まり、アルビはアルビノにくっついた。まるで生きていることを確認しているかのようなだった。


「……アルビ?」

「いやだ」

「? 何が」

「どうして僕だけ逃げないといけないの。君もここから出るんだよ」

「さっきも言っただろう。俺はなんだ」

「無理って、どういう意味……? いつもそう。僕だけいつも……何も知らない」


 どこまでも心の優しい奴め、とアルビノは笑った。だからこそ話したくはなかった。しかし、頃合いなのかもしれない。アルビノは一度深呼吸をして、アルビに告げる。



「……よく聞けアルビ。——俺はもうすぐ、死ぬ」



 暗闇の中で、え、というアルビの声が響く。彼の困惑の声は、アルビノの胸に鋭利さを孕みながら突き刺さった。アルビの顔が見れない。それでも言葉は告げなければ。今告げなければ、もう告げられるかも分からない。アルビノは喉の奥をぐっと鳴らし、覚悟を決めて次の言の葉を紡いだ。


「俺は白柘榴そのものであり、古くの時代から、お前に喰らわれるために生まれた存在だ。そして、あの白柘榴の木から離れたら、俺は三日も持たない」

「僕に……喰らわれる……?」

「ああ。だが、こんなに早く捕まると思っていなかったし、それに……」


 それに、アルビにこんな形で見つかるとは思いもしなかった。アルビノは心の中で苦笑しつつ、アルビの頬に手を触れる。温かい、人の体温に自然と心が凪いでいくのが分かった。今は何時だろうか。このまま、子供のように縋るアルビを置いて行くのは気が引けた。だが、どれだけ懇願したところで、時は待ってはくれないだろうが。


「……お前が俺を拒絶し続け喰らわない場合、この国は近いうちに滅びてしまう。国が亡くなるということは、ここに生きる動物や草花、未来あるものたちもいなくなってしまうということだ」


 それは分かるな? とアルビに問えば、アルビは答えに渋るようにゆっくりと首を縦に動かした。


「その中にはお前やマスカレードはもちろん……次の〝俺〟も含まれている」

「次の、アルビノ?」

「そうだ。……アルビが死んでしまったら、俺も、あの白柘榴の木も、枯れてしまう」


 それは、この世界からアルビノという存在が消失するということ。そのことを理解したアルビはぽろぽろと愛らしい双眸から大粒の涙を流しながら「いやだ」と首を振った。


「い、いやだ! だめだ、アルビノが死ぬのは、だめ!」

「なら俺を喰らえ、アルビ。喰らえば俺は再びこの世界に巡る。また、会えるんだ」


 零れゆく涙はどこまでも澄んでいて温かい。まるでアルビの心そのものを反映しているようだ。アルビノはアルビの頬に優しく触れそれを拭った。涙からは、アルビの命の温かさを感じた。


「それでも、いやだよぉ……。これが最後みたいに言わないでよお……!」

「最後じゃない。また会える。だから、もう泣くな、アルビ」


 なかなか落ち着かないアルビを、アルビノはゆっくりと自身に抱き寄せる。すすり泣く彼の背後から、マスカレードたちの気配を感じた。それは、時が満ちたことを指すのだろう。アルビノの視界も霞んできており、限界が近いことが分かる。アルビノはアルビに悟られないよう、最期の力を振り絞りマスカレードたちのいる外の世界へと繋がる牢の戸に触れ、ゆっくりと内側にある鍵の取っ手を引いていく。

〝ギィ……〟という錆びた音が気持ち悪いが、これもアルビを安全に逃すためだ。文句は言えないとアルビノは気持ちを心に仕舞い込む。外の光が一気に暗闇に差し込んだ瞬間、マスカレードたちはまるで彼らがもうすぐ出てくることを知っていたかのように待ち構えていた。アルビノに抱かれていたアルビもその異質さを感じたのだろう、その小さな体が強張った。


「白柘榴」

「……よお。えらく、派手な登場だな」

「我が王、鵙よ。こちらへお戻りください」

「……どうしても……?」


 アルビが不安そうな目をしてアルビノを見つめる。アルビノはできるだけその不安が少しでも軽減するよう、彼に微笑みかけた。


「そうだな」

「アルビノは……? アルビノも、出よう?」

「そうしてやりたいが、さっきも言っただろう。俺は、出られない」

「でも、それはっ。……アルビノのことは大丈夫なの?」

「お任せください、鵙よ。全て、滞りなく」


 一体何が「滞りなく」なのか。アルビは賢い子供だった。その言葉の意味も理解しているから、今もなお不安な顔をやめないのだろう。アルビノから離れてやるものかという意思からか、彼の手に力が入ったのが分かった。


(……仕方がない、か)


 こうなれば強行手段を取るほかない、と。アルビノはマスカレードたちに注意し、目を盗みアルビに耳打ちする。伝え終わった時、アルビは理解ができていないような表情でアルビノを見つめた。アルビの困り顔に、アルビノは微笑むだけだった。


「何をこそこそ話している! お前たち、早くアルビ様を白柘榴から引き離せ!」

「わっ! や、やだ! アルビノ、嫌だよぉ!」


 青年マスカレードがアルビをアルビノから引き剥がす。先ほどまであった子供体温が徐々に抜けていくそれはまるで、掬ったはずの水が指の隙間からどんどんと零れていくような感覚だった。命が抜け落ちていく感覚にも、似ていた。


 アルビノはもう限界だった。アルビがマスカレードたちに引き取られたのを見送ると、その安堵感から地面へと崩れ落ちた。彼の身の安全が保障されたというのに、どこかでアルビの泣く声が、彼の心を迷わせる。


(……もう何もしてやれない。だから、どうか、次の俺。次は絶対に、あいつは、泣かせんなよ……)



 たった一人の、なのだからと、アルビノは『彼』の笑顔を想い浮かべた。

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