第7話 食餌

「……、……?」


 瞑ってから数秒経っても、何も起こらなかった。ゆっくりと目を開けると、鵙は妙な表情をして伸ばしかけていた手を戻していた。また触れられるのではないかと思っていたために、アルビノは思わず拍子抜けして「え」と声を発した。そんなアルビノの反応に、困り顔で鵙が微笑んだ。


「ごめんね。どうやら思っていたよりも、怖がらせてしまったみたいだね」

「……」

「? 大丈夫かい?」

「……それ、そっくりそのままあんたに返すよ」


 アルビノは鵙の、傷ついた腕を指差す。アルビノに何を言われたのかようやく理解した鵙は「ああ……」と苦い笑みを零した。


「大丈夫。心配してくれるんだね。優しいんだね、君は」


 そう言うと鵙は静かにアルビノの横に腰を下ろした。


(……なんでだ?)


 本気で訳が分からない。アルビノは少し残っていた鵙に対しての警戒心からか、無意識に彼から後退していた。


「なんで俺に近づくんだよ……。危険だと思わないのか?」

「ん? そうだね。でももうしないだろう? それに……多分僕は、君と、もう少しだけ話がしたいんだと思う」


 それでは理由にならないかな? と小首を傾げた鵙に、アルビノは毒気が抜かれた気分になり、肩の力が段々と緩んでいくのをその身に感じたのだった。



 話をしたいと言っていた本人は、その後特にアルビノと会話をせず、ただ穏やかな時間を過ごしている。会話をするのではなかったのかとソワソワしていたアルビノはその無言空間に耐えられず、今気になったことを誰に聞かせるでもなく呟いてみた。


「……あの仮面たち、なんなんだ……」


 いまだ鵙の側に控える仮面集団はただじっとそこに立っていた。動きすらしない彼らを不気味にすら思う。少しして呟きが届いていたのか鵙がアルビノの問いに答えた。


「あれは僕の付き人……のようなものかな。いや、厳密に言えば、僕を生かすためのかな」

「しょくじ……?」

「『マスカレード』って僕は呼んでいるよ……気になる?」


 そう問われた瞬間、アルビノの背筋に凄まじい速度で悪寒が走った。心臓など無いはずなのに、ドクリドクリと胸が締めつけられるような感覚が妙に気持ち悪かった。息が詰まりそうになる。それでも、アルビノは彼の問いに頷いていた。鵙はアルビノの返事を受け取ると、側に控えていた『食餌マスカレード』と呼ばれる付き人を一人呼び寄せると、何の前触れもなく腰に携えていた刀剣で付き人を斬り捨てた。付き人は声を発する間もなく地面に崩れ落ちた。鵙はそのまま斬り裂いた付き人の体の中から赤い球体のようなものを取り出した。、と思った。


 その瞬間、アルビノは察した。——あれは、俺と同類族だ。自分はきっと、鵙に喰われるために生まれ、鵙はアルビノを喰らうためにこの場所に訪れたのだ。

 鵙は取り出した赤い球体を口元に持っていくと、そのまま「がぶり」と齧りついた。じゅる、と液体音が耳にこびりつく。ただ、口端から零れゆく赤い水を見て、アルビノはそれを美しいと思った。


(俺は、こいつに喰われるために今ここにいるんだ)


 それから少しして鵙はマスカレードを余すことなく全て食すと、とても満足げな表情をしてアルビノを見た。瞬間、アルビノの胸は高鳴った。恐怖とは違う。鵙になら喰らわれても本望だと感じる何かがアルビノの心を支配した。見られる度に、アルビノの喉が音を鳴らして嚥下する。もはや彼は無意識の中で恍惚感に浸っていた。


「俺、は……」

「……そう。君もと同じ、柘榴マスカレードだよ。僕がこの『国』であり続けるための食餌。でもね、君はって決めているんだ」

「え……? 俺を……食べない……?」


 拍子抜けした声が、アルビノの口から零れるようにして落ちた。


「なんで……っ! 俺は、あんたに喰われるために生まれたんじゃないのかよ!」

「確かに君は彼らと同じ柘榴族の一つではあるけれど、それは食べるためじゃない。そういうつもりで作らせた子じゃないからね」

「それは、どういう」



「……僕は君と『  』になりたいんだよ。そのために作らせた。……なってくれる? 僕の——に」

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