第3話 心無き者たち(マスカレード)
すぅ、すぅ、と寝息が聞こえ始める。どうやらアルビは無事に夢の世界へ歩を進められたようだ。気を失うようにして眠ったため、肩にコテンと彼の頭部がぶつかる。アルビノは何も言わず、アルビの頭を支えながら読書を再開した。今のうちは悪夢はまだ見ないだろう。平穏に時間が進むことを願っていた。だが現実はそう上手くはいかないらしい。
風が吹き、冬独特の香りがふわりと鼻腔を燻ぶる。同時に、不穏な気配がアルビノの脳裏を掠めた。自分に向けられている敵意に呆れつつ、その気配のする方向へと振り返る。そこには仮面で顔を隠した集団——マスカレードと呼ばれる者たちが列を成して目の前に立ち並んでいた。その光景を見た瞬間、怒りに似た感情が抑えられなくなったアルビノは口の端をぐっと噛み締めた。ぴりついた空気が『アルビの箱庭』一帯を支配した。
「————アルビ様を返してもらおうか、白柘榴」
マスカレードの一人が言う。眠るアルビを支えるアルビノの手が、僅かに力んだ。
「……その名で呼ぶのは止めてくれないか。あまり、気に入ってないんだ」
「気に入る、気に入らないの問題ではない。お前はアルビ様の為の『柘榴』に過ぎない。そこに、意思の有無など必要ない」
確かに、マスカレードの言葉は一理ある。けれど、彼の
(……俺にだけ許されたこいつからの寵愛を、誰にも否定させたりはしない)
「これは、お前らの王から直々に与えられた名だ。誰にもこの心は譲らないぞ」
「……たかが
「お前らこそ、寵愛を受けなかった余りものの道具の分際でアルビの心を理解できると思うなよ」
ああ、とてもイライラする。いつだってそうだ。マスカレードたちはアルビを心ある者として見ない。触れてはならぬ、心を通わせてはならぬと、アルビを拒絶してきた、心無き者たちだ。こんな奴らに、心優しいアルビを渡してなるものか。アルビノはマスカレードを睨みつけ、アルビを奪われないように彼の体を自分の体で覆い被さるも、すぐに勝敗は決してしまった。
不意に首筋に衝撃が走ったかと思えば、アルビノの視界が白黒に点滅した。痛みよりも先に、ぐらりと彼の体が重力に逆らえず地面に傾いていく。今まで抱擁していたはずの温もりが離れてやっと、アルビノは殴られたことに気がついた。アルビが、マスカレードの手に渡ったのだと、理解した。揺れる視界に、黒い二本の足が映る。息を詰まらせながら視線を上げていくと、老いたマスカレードがアルビを横抱きにして、不意打ちによって地面に倒れたアルビノを見下していた。仮面の隙間から覗く冷ややかな視線にアルビノの身は強張った。
「……追うなんて馬鹿な真似は考えるなよ白柘榴。——ああそうか。そのような体では、俄然、無理な話であったかな?」
「……て、…………めぇ……」
老いたマスカレードのほくそ笑む音がアルビノの脳裏を過ぎる。
「所詮、お前は植物なのだ。それなのに、人の形をお与えになられるなど……。アルビ様も一体何をお考えなのか……」
「ふ、ざけんな……っ」
「ふざけてなどいない。これは、ただの〝疑問〟だ」
老いたマスカレードが踵を返し、アルビの部屋の方向を向き歩き始める。このままでは彼は、やっと落ち着いて眠れていたというのに、再び悪夢を見てしまう。そう感じたアルビノは、アルビをマスカレードから奪い返そうと彼に向かって手を伸ばした。アルビの意識は沈みきっている。それでも、彼の名を呼ばずにはいられなかった。
「……っ行くなアルビ……!」
遠くなる人影。目覚めないアルビ。動かない体。どうあがいたところで、アルビノはこの庭園からも、ましてこの白柘榴の大樹からも離れられないのだ。まるで呪縛をかけられたように動かない体を、彼は恨むことしかできないのだ。
「……くそ……っ」
アルビノは悔しさを感情に滲ませて、口端を奥歯で噛み千切る。庭園に降り積もった雪の上を、負の感情を抱いたまま思い切り地面に向かって殴りつけた。ボスリと鈍い音を立てた雪は、アルビノの体温によって徐々に溶け始めた。
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