第2話 ”いつも”の夢の話

 今日は午後から天気が急激に崩れると、心配性の使用人から聞いていたことをアルビは思い出す。青いあの空の向こう側に、黒く厚い雲が浮かんでいるのが見えた。


「アルビ」


 アルビノがアルビに声をかける。アルビは珍しく彼に声をかけられたことに嬉しくなり、にやける顔を必死に抑えながら「なぁに?」と返した。アルビノの赤黒い双眸が、アルビを逃がさないと言っていた。


「お前がこうして俺のもとに来たということは、のだろう?」


 どんな夢だった? とアルビノに図星を突かれたアルビは、思わず苦笑する。アルビノはどうも彼のその表情が苦手らしく、一瞬目を見開いたかと思えばすぐにアルビから視線を逸らした。


(ああ残念)


 アルビノがいつもは見せない珍しい表情をしていたために、もう少し眺めていたかったとアルビは心の中で落胆した。しかしすぐにアルビノの問いを思い出して、アルビは静かに俯いて、独り言のように呟く。聞こえるか、聞こえないか、そんな声で。


「……なんてことない、だったよ」


 そう言ったアルビの作り笑顔は、きっといびつだったに違いない。



 ❀



 毎日見るその夢は、知らないはずの、知っている記憶。夢の中でアルビは、その中心で呆然と立ち尽くしており、お気に入りだったはずの白い服には至る箇所に赤い液がべっとりと付着していて、それはどこか鉄臭い。足下には血液の海。風もないのに笑うから、どこからその波が発生しているのかと目線を向ければ、そこにはたくさんの鳥の羽が散らばっていて、『アルビノ』がアルビを囲うようにして横たわっていた。話しかけても、触れてみても、『アルビノ』たちはちょっとも動きやしない。


 そこで目が覚めて、一瞬、自分が今夢か現実かどちらの世界にいるのか分からなくなるのだ。続けざまに夢の内容がフラッシュバックして、アルビの呼吸は少しずつ浅くなっていく。深夜に飛び起きてから明け方まで、その戦いは続き、息が整うのをただじっと待つ。けれど、落ち着くのと同時に酷い喪失感に襲われる。嗚呼、早く、早く、に会わないと。あの夢が、現実になってしまわないように。


 そうして毎日アルビはアルビノに会いに部屋を出る。時にはこうして周りの大人の目を盗んで。そうでもしなければアルビノに会うことも難しいのだ。アルビノに実際に会い、彼の存在を確認するたび、アルビはようやく息ができるようになるのだ。アルビノに会い、生きていることを実感し会話をすることでアルビの心は落ち着きを見せていく。代わりに、アルビノに会うことであの悪夢を繰り返し見ているような気もすると、アルビは心のどこかで感じていた。



 手が震える。暖を取ろうと思って持ってきたはずの毛布は、この冷たい環境下ではあまり意味を成さないようだった。でも大丈夫だとアルビは笑う。今もこうして『アルビノ』はアルビの隣で息をしている。その現実だけが、アルビを落ち着かせている。


「……アルビ……?」


 不意にアルビノが心配の色を帯びた声で彼の名前を呼んだ。アルビはと言えば連日の夢見の悪さからか今にも眠ってしまいそうだった。アルビノは静かに舟を漕ぎ始めたアルビの目元にそっと触れる。きっと寝不足のせいでクマが目立っているのだと思った。優しく触れるアルビノの指の温度が温かくて、アルビは今にも夢の世界へと沈みそうだった。


「アルビ、アルビ」

「…………ん、アルビノ? ……あ、ごめん……。なんの話をしていたんだっけ……」

「話はいい。眠たいのなら今のうちに寝ておけ」

「え……でも……」

「俺はどこにもいかない。お前の側にいるから」


 アルビノは真っ直ぐアルビの目を見つめた。アルビはアルビノのことを一度も疑ったことはない。不安な時、アルビノは彼の一番欲しい言葉を伝えてくれるからだ。


 ——その一言で、救われる。


「……わかった。ありがとう、アルビノ……。……」


 アルビはアルビノの温もりに身を任せ、夢の世界へと誘われていった。

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