ブリーフィング【アーカイブ版】
「いやーイイ汗かいたわ~冬壁ちゃん雅紀クン、見とった? ウチのスーパープレー。なんも歪めたりせえへんかったで」
「ああ、もうアンタが目立つのは諦めたわよ……」
涼しい顔の夏樫と、額に手を当てて呻く冬壁。
ホームルームが終わると、元の黒パーカー姿に戻った夏樫がおれの席の傍に近づいてきた。
「さて、一緒に帰るで~、マサキクン」
「藤元さん、今日退院なのよね? 一緒に行っていいかしら」
「あ、ああ」
ニヤニヤニコニコする夏樫と、澄ました顔の冬壁とおれが会話している様子に、また鋭い視線が刺さるが、ぐっと耐えて教室を出る。
前々から今日フジモトが退院することは決まっていたので、放課後病院に行って付き添う気だった。
この二人がついてくるのは意外だったが、盗撮犯のことを話し合ってからだと時間がなかったし正直助かる。
校門をくぐると、夏樫はやたら古めかしい型のガラケー(折り畳み式ですらなく、アンテナを伸び縮みできるタイプ)を取り出し、やたら長い番号を打つとスピーカーボタンをオンにした。
「もしもしあきさく? 言うてた体育の時間、どうやった?」
すると、あきさくと呼びかけられた相手の、どこか眠たそうな声が返ってくる。
『うん……見つめてたよ、夏樫ちゃんと冬壁ちゃんを。アルゴス・レンズが。ずっと。
いっぱいいっぱい撮ってた。二人の写真』
「ふふ、チラつかせたエサに素直に食いつく、ええ子やなあ」
『アルゴス・レンズのヒト、今おこってる。とっても。現像したら二人のぱんつが映ってないから』
「せやろなあ、光を散々歪めたったからお子ちゃまが見ても安心や。明日が愉しみやな」
『いま、わるい顔してるね~夏樫ちゃん』
「ふふ、それほどでもあるで~」
電話の相手はどうやっているかは知らないが盗撮犯の挙動を把握しているらしい。そして夏樫の口ぶりからして、ヤツは写真を撮影するのを妨害されているようだ。
それにしてもあきさくという珍妙な呼び名はなんなのか。
「なあ冬壁……?」
「あきさくって言うのは
おれの疑問を察したのか、歩きながら冬壁が答える。。
「はるもみと同じニックネームのセンスってわけか……」
「ええ、まあね」
「それだと冬壁は“ふゆのぞ”とかになる……あ、いえなんでもないです」
何気なく口にしようとして、冬壁の眉が鋭い角度になろうとしていたのを見て慌ててごまかす。
「うん、じゃあまたヨロシクな、あきさく」
『じゃあね、夏樫ちゃん、さくら、ちょっと寝るね。
……あ、そっちの世界のもみじちゃんによろしくね。
……そうだ、冬壁ちゃんにまた一緒に遊んで欲しいなあ。
……あ、それとね、……
……ZZZ……』
「ありゃ、寝落ちしてもうたか」
夏樫のガラケーからはすやすやとした寝息だけが聞こえてきた。
“あきさく”は眠気をこらえながら色んなことを話したかったようだが、そのまま眠ってしまったらしい。もし電話ごしでなければ聴きながら自分も寝てしまうような不思議な甘い声だった。
「聞いた通りだけど、私たちは盗撮犯の異質物“アルゴス・レンズ”に介入出来るから、『そういう写真』を撮影されるのを阻止出来るわ」
「当然、ホシは躍起になっとる。明日もウチらにカメラを向けてくるやろな」
冬壁の説明に、ケータイをパーカーのフードに放り込んだ夏樫が補足を加える。
「そこで私たちが一芝居打って、犯人を引きずり出す。戦闘向きの異質物ではないから、学校内で暴れられても最小限の労力で確保して、切除が出来るはず」
「ちゅうわけで、病院に着くまでホシを釣るための楽しい楽しいお芝居の打ち合わせや! もちろん雅紀クンもキャストの一人やで♪」
夏樫はおれと冬壁の肩に腕を回して、彼女の考える「台本」を語り始めた。
ふだんはおれ一人で向かう、フジモトのいる病院への道のりが今日に限っては賑やかだった。
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