木枯らし祭りの後《甲》

ハスノ アカツキ

木枯らし祭りの後

「いつ旅立つつもり? 木枯らし祭りはもう終わったのだけれど?」

「う、まあその、タイミングとか、ねえ?」


 今年の木枯らし祭りは、例年以上の盛り上がりで幕を閉じた。


 今年の木枯らしは芯から凍えるような冷たさで、街を、山を、私たちの間をびゅうびゅう吹き抜けていった。


 木枯らし祭りでは、多くの子どもたちが旅立つ。


 別れは悲しくも感じるが、同時に子どもたちの成長を感じる瞬間でもある。

 まだまだ子どもと思っていたのに、もうこんなに大きくなっていたのかと毎年驚かされるものだ。


 多くの子どもたちは木枯らしに吹かれながら颯爽と親元を去っていく。


 親へ、兄弟へ、隣人や友人へ。


 別れを告げながら、励まし合いながら。


 木枯らしの冷たさに負けないで旅立つ子どもたちの姿には、いつも胸打たれるものがある。


「あなたも皆と同じタイミングで旅立った方が良かったんじゃないの?」

「そりゃ今となってはそうかもしれないけどさあ」


 祭りのタイミングに合わせず旅立つ子どもたちも少なからずいる。


 旅立ちを待ち切れずに飛び出す子どももいれば、なかなか勇気が出ずに皆より遅れて出発する子どももいる。


「あなたがとうとう最後だそうよ」

「いや、その、あれだよ。僕が旅立つと寂しくなるだろうから、わざと残っているんだよ」

「そりゃ旅立ちは寂しいけれど、ここまで居残られると情けなくなってくるかもねえ」

「そんなあ」


 寂しいかどうか聞かれてしまえば、勿論寂しい。


 きっと子ども自身もそうだ。私も経験がある。


 親とも兄弟とも離れ、孤独な旅立ちになる。

 寂しさも不安も期待も、様々な感情が入り混じって押し寄せてくるのだ。


 だからこそ、毎年木枯らし祭りを行う。


 木枯らしに背中を押してもらう形で、半ば勢いに任せるような形で旅立つ。


 自分でタイミングを決めるより、ずっと楽だ。


「それに、あんまり長い間残っているのは、どうしても目立つわよ」

「そりゃ最後ってのは目立つよ。皆からの視線だってずっと痛いし」

「皆からの視線より怖いものもあるわよ。例えば」


 そのとき、どこからかリスがやってきた。


 私の枝をとんとん渡っていき、最後の子どもをつかんだ。


「「あ」」


 そのまま、私の枝から子どもをもぎとってしまった。


 私たちカエデの木の実は、風で飛んでいく以外にもリスなどの動物たちの力を借りて遠くへ運ばれるものもいる。


 冬の間に食べられてしまうものがほとんどだが、中には食料になることを免れ発芽できるものもいる。


「あ、えっと、立派な大人になってね!」

「いや、無茶言うなよおおお」



 こうして最後の子ども、カエデの木の実は旅立ちましたとさ。

 願わくば、無事に冬を越せることを。



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木枯らし祭りの後《甲》 ハスノ アカツキ @shefiroth7

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