第20話 お化け屋敷
昼食後、イダたちと隣町の広場で合流することになった。買い物袋を両手いっぱいに抱えた3人は、物質的欲求を満たしたことによる、充足感に溢れた顔をしていた。
「一生分買い物したわ」
イダが言った。
「欲しかった帽子も買えたし」
ルネが続く。
「Sサイズの店があって、本当によかった」
と満面の笑顔を浮かべるのはコレットだ。彼女は以前から、子供用の服以外でサイズが合う服がないと嘆いていた。
その後、ペットショップで猫と戯れ、雑貨屋をいくつか巡って帰路に着いた。車の後部座席の3人は、カーステレオから流れる洋楽のポップスに合わせて、歌を口ずさんでいる。
「イダの音程、ちょっとおかしくない?」
ルネの声が後ろでする。
「ちょっとってゆうか、かなり」
同意するコレット。
「これ、計算だから。立ち位置的にベース的な?」
よく分からない理屈を捏ねて、反論するイダ。この3人のこんなやりとりも、ずっと変わっていない。
ふと、この近くに幽霊屋敷と呼ばれる廃墟があることを思い出した。それを口にすると、案の定面白いもの好きのイダとルネは行きたいと言い出した。
「絶対嫌だよ!! 怖いし。私は車から降りないから!!」
怖がりのコレットは、全力で嫌がっている。マノンはというと、10分ほど前から屈託のない顔で居眠りを始めた。寝ているうちに幽霊屋敷に連れて行かれるとも知らず。
その廃墟は、旧道のガソリンスタンド跡地のさらに奥、舗装されていない山道を進んだ先にあった。静かな山の中にある10階建ての廃墟は、元はホテルだったが、殺人事件が起きてから経営が傾き、廃業に追い込まれたのだという。
「マジで怖い!! 車の中にいるのも無理!! レア、帰ろう!!」
コレットは涙目で懇願している。
目を覚ましたマノンは、目の前に広がる不気味な光景が夢か現実かまるで分からないとでもいうように、何度も目を擦っている。
「……ここって、YouTubeで見たことある」
マノンは言った。以前都市伝説系YouTuberが、仲間達とここで肝試しをしていた動画を観たのだという。
「ちょっと観てくくらいなら、バチ当たらないでしょ」
ダッシュボードの中に入れていた懐中電灯を手に車を降りると、イダとルネも後に続いてやってきた。マノンも最初躊躇っていたが、一緒に行くことに決めたらしい。コレットは、一人で車に残っていると宣言した。
廃墟の入り口の自動ドアのガラスは、見るも無惨なほどに割れて跡形もなかった。足元に散らばるガラス片を避けて薄暗い建物の中に足を踏み入れると、元はロビーであったであろう場所が見てとれた。壁のあちこちにはスプレーで下品な落書きがされ、木でできた受付カウンターは、ハンマーか何かで殴られたかのように、半分以上が壊れている。
「やっぱ不気味だわ」
ルネがスマートフォンで動画を撮りながらつぶやく。
「嫌だな……なんか呪われそう」
隣にいるマノンが、不安げな声を出す。
「大丈夫よ。幽霊なんて、所詮は人の想像の産物なんだから」
基本的に私は、人が怖がるようなことを怖いと感じない。
回廊式の階段を上り、客室をざっくばらんに覗いていく。ほとんどの部屋のベッドのシーツは破れ、ガラスや鏡台の鏡も割られ、悲惨な状態になっている。
三階まで来たところで、マノンの手が私の手を強く握った。驚いて彼女の方を見ると、従妹は顔を真っ青にしてこう言った。
「さっき、女の人の叫び声が聞こえなかった?」
「何も聞こえないけど」
イダとルネに尋ねてみても、二人とも何も聞いていないと言う。
「上の階から、確かに聞こえた気がしたんだけど」
マノンは涙目になっている。
5階まで見て回ったが、全て同じ様相を呈していた。10階までいく価値がないと判断した私たちは、マノンが早く帰りたがっていたこともあり、早々に階下に戻ることにした。
だが、問題は車に戻ってから発生した。イグニッションキーを何度回しても、エンジンがかからないのだ。
「これはヤバイわ」
流石のイダも困惑気味だ。
「ホラー映画によくある展開だよね」
と冷静に言うルネ。
「だから来るの嫌だったんだよ……」
コレットは非難の声を浴びせる。
携帯も圏外で、ここから歩いて街まで行くとなると2時間はかかる。しかも、今は夜の9時を過ぎている。
「旧道まで歩いてヒッチハイクはどう?」
私の提案に、イダは首を傾げる。
「5人を乗せてくれる車って、なかなかなくない?」
「確かに。それに、あれだよね。ホラー映画だと乗せてくれた人が実はシリアルキラーで、一人ずつ殺されてくパターンとかあるよね」
ルネはかなりの数のホラー映画を身漁っているらしい。
「仕方ない、今日はここで車中泊ね。明日、朝イチで電波あるとこまで歩いて、助け呼ぶわ」
やむを得ない決断に、ルネとイダは「廃墟前で車中泊とか、テンション上がる!」などとはしゃぎ始めたが、コレットとマノンは絶望的なため息を吐いた。
「腹減った……」
11時を過ぎた頃、ルネがつぶやいた。
「そういえば……」
イダが言って、バッグからアルミホイルに包まれた大きな塊を取り出した。
「これ、今朝作ったパンケーキ。帰りに教会で子どもたちに配ろうと思って、持ってきたんだ」
「ナイスだよ、イダ!」
マノンが右手の親指を立てる。
そもそも平日の教会に子どもたちがいるかどうかすら分からないが、空腹の私たちにとっては非常にありがたい物資だった。
「考えてみれば、今日一日パンケーキばっか食べてるわ」
イダから受け取ったパンケーキを齧りながら呟く。こんなにパンケーキを食べたのは、中学の時に参加した大食い大会以来だ。
「夕食にパンケーキってのも、なかなかないよね」
と笑顔を浮かべるマノン。
窓の外は、不気味なほどの漆黒の闇で覆い尽くされている。
「そういえば、マノン。あの人とはどうなったの?」
ルネが切り出す。
「誰あの人って?」
気になるあまり、マノンが話し出すよりも早く食い気味に尋ねる私。このキューティー・レジェンドマノンを狙っている輩は、この世の中にいくらでもいるに違いない。それを知っていながら、鉄砲水のように噴出し出す焦りは止められない。
「ああ、アルベルトのことね」
マノンの話によると、彼女は以前テレビ番組で共演した超有名サッカー選手にアプローチを受けているのだという。アルベルトとは、フランスの一部リーグで活躍している選手で、去年ワールドカップの選抜にも選ばれていたはずだ。
「何? マノン。そんなの一言も言ってなかったじゃない」
私の追求に、従妹は困ったように苦笑する。
「だってレア、言ったらすごいしつこく聞いてくるじゃない」
「当たり前でしょ。 あなたは大事な従妹なんだから、何処の馬の骨とも知れない男に簡単に渡すわけには……」
途中、自分で何を言っているんだろうという気持ちになる。一言で言えば、ヤキモチなのだ。彼女が誰かにアプローチを受けていると聞くだけで、一種のパニック状態に陥る。黙っていられず、相手の素性などについてあれこれと聞いてしまうのだ。
「ヤキモチって素直に言いなよ、レア」
ルネが冷やかすように言う。
「違うわよ!!」
図星だ。何故ルネは、こうやって人の本心を抉り出してくるのか。七輪で炙られたかのように、顔が熱い。
「それで、マノン。その男はあなたを大切にしてくれそうなの?」
尋ねると、マノンは複雑そうな表情で俯く。
「分からない……。いい人だし、話してて楽しいけど、付き合うかどうかはまだ……」
マノンが幸せならばいい。そう自分に言い聞かせる一方で、頼むから振り向かないでくれと願っている自分もいる。マノンにボーイフレンドができることなど、本当は考えたくもない。
「私、男性不信なのかも。やっぱり怖いんだよね。いい人そうに見えて、本当は悪いところがあるんじゃないかとか、近づいてくるのも別の目的があるんじゃないかとか、下手に勘繰っちゃうっていうか」
マノンのこれまでの経験を考慮すれば、仕方のないことかもしれない。むしろ、何の疑いも抱かないで近寄ってきた相手にホイホイついて行くほうが心配だ。
「別に焦らなくてもいいと思うけど。ゆっくり相手のことを知っていけば、信用できる人間だって分かるかもしれない。そうじゃないこともあるかもしれないけど」
本当は上手く行って欲しくないくせに、大人ぶってしたアドバイスに、マノンは不自然に笑った。
「そうだね……」
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