第14話 シャーベットの蓋

 コレットたちがいるのは、あと5日。家に帰ってシャワーを浴びた後、客間に集まって枕投げをして、そのあとで皆で、べサニーおばさんが買い置いてくれていたフルーツシャーベットを食べた。


「ゲームしよう」


 シャーベットを食べ終わったとき、切り出したのはレアだった。


「みんなでアイスの蓋の裏に、この中で一番タイプな人の名前を書くの。それで、両思いになった人たちは1日デートする。どう? 面白そうじゃない?」


「いいね、やろう」


 一番初めに賛同したのは、意外にもイダだった。


「それって、絶対参加?」


 コレットは気乗りしなそうだ。


「これは強制よ。別に付き合わなくたって、タイプの人と1日デートできるなら良くない?」


 どうやら、我々に断る権利はないようだ。


 そうこうしているうちに、ゲームは始まってしまった。それぞれペンを片手に、水気を拭き取ったアイスの蓋の裏に思い思いの相手の名前を書いている。


 私は迷っていた。レアはこんな時、やたらと正直になる。きっと私の名前を書くだろう。私だって、できることならレアの名前を書きたい。私とレアが赤の他人だったら、こんなに悩まないでお互いの名前を書けたかもしれない。そもそも何でレアは、こんなゲームを思いついたのだろう。私がこんなに悩んでいるのを、きっと隣にいるレアは知らない。


 他の人の名前を書いたって、レアは傷つく。そもそもレア以外に書きたい名前はない。私だって、本当はレアが好きだって堂々と言いたい。こんなアイスの蓋なんかに書くんじゃなくて、好きなら好きってはっきり言って。私とデートがしたいなら、そう言ってよ。


 だけど、それをストレートに言われたところで、一体私はどうするんだろう。そうなんだ、ありがとう。私も大好きだよ。そんな風に簡単に返せるなんて思えない。だって、私たちは血が繋がってるんだから。レアだって分かってるくせに。


 涙がアイスの蓋の裏、白い紙の上にぽたぽたと落ちる。


「マノン、どうしたの?」


 コレットが私の顔を覗き込む。ダメだ、止まらない。どうしても止まってくれない。次から次に涙が溢れて、自分の意思ではどうしようもなくて。


 レアが私を見ているのが分かるのに、私はレアの方を見ることができない。アイスの蓋も、みんなの顔も、涙で滲んでぼんやりとしか見えない。


「"Spice Girls"のジェリの脱退を思い出して、悲しくなっちゃった」


 そう言って涙を拭う私に、


「今更?」


 と突っ込むルネの頭を、コレットが軽く叩く。


 気持ちを落ち着かせようと、部屋を出る。階段を降りて、廊下を歩いて玄関に向かう。外に出ると、昼間とは違う夏草と夜の匂いのする風が吹いて、少しばかり心が洗われる。


「マノン」


 レアの声が、背後から聞こえる。私は振り向かない。泣いているところをこれ以上見られたくないから。


「ねぇ、マノンってば」


 応答しない私に、レアが声を大きくして呼びかける。


「……何?」


「どうして泣いてるの?」


 どうしてなんて聞かないで欲しい。この気持ちを一つ一つ説明していたら、きっとまた泣いてしまう。そしたら絶対にレアは困るだろう。私のことを面倒くさい奴って思うかもしれない。そんなこと優しいレアは思わないかもしれないけど、思われるのが怖い。


「だから、ジェリの脱退が悲しかったんだってば!!」


 そもそも、Spice Girlsで一番好きなのはジェリじゃなくてメラニー・チズムだ。スポーティー・スパイスと呼ばれる彼女は、パワフルな歌声と端正な顔立ちで、男子よりも女子たちから人気があった。赤毛でハスキーボイスのセクシーなジェリも確かに良かったし、4年前に脱退した時はショックだったけれど、今の今まで引きずるくらいの感傷はない。


 もし、レアが従姉じゃなかったら、あなたは彼女を愛してた?


 これを聞いたのは、誰だったっけ。だけど、従姉じゃなかったら愛してたかなんて、考えてみたらおかしな質問だ。従姉だってそうじゃなくたって、愛する時には愛してしまうんだから。


 レアが側にやってきて、私の身体を抱きしめる。


「ごめん、マノン」


 ごめん。


 2回、ごめんという言葉を繰り返した。最後のごめんは、囁きにも似た声だった。その後すごく切なそうに私を見るものだから、どんな言葉も返せなくなる。そんな目で見ないで欲しい。謝ったりしないで欲しい。そもそもこのごめんは一体、何に対するごめんなんだろう。変なゲームをやろうと言い出したことか。それとも、泣いている理由を聞いたことか。


 謝った後で、レアは私を置いて家に入ってしまった。


 月は雲に隠れて見えない。

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