第13話 気づき
レアの行きつけだというオーストリアの伝統料理のレストランは、赤を基調にしたスタイリッシュなデザインで、壁のあちこちに宮廷絵画が並んでいた。入り口から向かって奥の右側、6人掛けの席に腰掛けて、今日の観光の感想を言い合った後で料理を注文する。
途中、外の空気を吸いたくなって店外に出た時、同時に席を立ったイダが声をかけてきた。
「あなた、レアの前で顔が女の子になってるのに気づいてる?」
「うそ?!」
指摘された途端、急激に全身の体温が上がるのを感じた。全く自分では意識していなかった。普通に話していたつもりだったのに、周りから見たら違うんだろうか。
「レアも、あなたのことが可愛くてしょうがないって感じに見えるけど」
「まさか!!」
レアに限って、そんなことーー。否定しながらも、満更でもない。レアが私を特別視してくれているのは、素直に嬉しい。だからって、どうなるわけでもないんだけど。
「認めても良いんじゃない? 好きになることは自由なんだから」
イダがジーンズのポケットからシーシャを取り出して、口に咥える。
「だけど、レアと私は従姉妹だよ? 結ばれることなんてないんだから」
「別に、従姉妹同士で結婚しちゃダメっていう法律なんてないでしょ」
「そうだけど……」
「それに、結婚をゴールって考える必要もないと思うけど」
「そもそも、付き合うのだって……。私たちは血が繋がってるし」
何でレアと付き合うとか結婚するとか、そんな現実的なことを考えてしまっているんだろう。レアの隣にいると緊張して眠れなかったり、レアが私の髪を撫でた時に感じるくすぐったいような感覚も、彼女が私に微笑みかけた時に胸が幸せな気持ちで満たされるのも、言われてみれば、全て恋愛感情という一言で片付いてしまう。
私がこれまでこの感情を否定し続けていた理由ーー。それは、レアと私が文字通り『近すぎる』から。
私たちは同性で、かつ従姉妹同士なのであって、世間から見たら許される恋ではない。この感情が、身近な存在に向けられる擬似恋愛的なものじゃないことくらいは分かっている。
「レアが前に言ってたことがある。もしあなたと従姉妹じゃなかったら、付き合ってたのにって」
「うん‥‥‥」
どうして頷くことしかできないんだろう。どうして、もっと別の言葉が出てこないんだろう。言葉を探すには、あまりにも辛すぎた。
何でレアは、よりにもよって私なんかを好きになったんだろう。他にもたくさん素敵な人はいるはずで、出会いだって、わざわざ探さなくたってそこいら中にあったはずなのに。レアは昔からよくモテたし、誕生日に薔薇の花を持って家にやってくる男性も、一人や二人じゃなくいた。数えきれないくらいのアプローチを受けても、レアは一貫してつれなかった。
逆に、何で私はこれまで誰とも付き合わなかったんだろう。モデルや俳優の男性、時には女性からアプローチを受けることは多々あったけれど、話していても何かしっくりこない感じがして、付き合うまで至らなかった。
「多分、別の相手と付き合ってどうにかなるような感情じゃないんだよね」
行き交う車を見つめて呟いた。今にも泣き出しそうだった。きっと他の誰かと付き合っても、恋人をレアと比べて苦しくなってしまうに違いないから。だから、誰とも付き合うことをしなかったのだ。レアだったらこんな時こう言ってくれるのに、こうしてくれるのに。言葉がなくても私の気持ちを理解してくれて、側にいてほしい時に飛んできて、寂しい時タイムリーにメールをくれたりするのに。
そんなことを考えながら誰かと付き合うのは、相手に対しても申し訳ない気がしたし、何より自分が苦しくて耐えられなくなるだろう。
「今言ったことは、レアには内緒にしておいて」
宙に向かって、シトラスとミントの混じった匂いの煙を吐き出しているイダに言った。
「それは、どうして?」
「レアが聞いたって、辛くなるだけだろうから」
「そう……分かった」
イダは静かに頷いた。
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