第12話 図書館
レアの運転する赤いオープンカーは、ハイウェイを150キロで飛ばしている。彼女の運転はスリリングだ。後部座席のコレットの身体が固まっている。ルネはまるでローラーコースターにでも乗っているかのようにはしゃいでいて、イダはこの危機的状況の中で眠っている。
「昨日、ルネのいびきがうるさくて眠れなかったんですけど〜」
コレットがルネを追及する声が聞こえる。
「マジで? 私いびきなんかかいてた?」
ルネがとぼけた様子で尋ねる。
「かいてたよ。鼻にポップコーン詰めてやろうかと思った。しかも出来立てのやつ」
「そしたら鼻息で吹っ飛ばして、お前の目に当ててやる!!」
そんな二人の話がおかしくて、思わず吹き出した私を見てレアも釣られて笑う。
レアの右手が、カーステレオのつまみを捻って音楽のボリュームを上げる。これは、確か私が好きなロックバンドの曲だ。確か、CDに焼き増ししてあげたんだっけ。爽やかなナンバーが、初夏の雰囲気にピッタリだ。
「6曲目が一番好きだな」
呟いた私を、レアがチラリと見たあとで微笑む。
「私もそう。次に好きなのが13曲目」
「あのバラード?」
「うん。車で聴いてたら眠くなるけど、結構好きなんだよね。歌詞が良くて」
「レアって、切ない系の曲が好みなの?」
「そうかも」
何故だかレアは、失恋の曲ばかりを好んで聴く。ハッピーな曲よりも癒やされるのだという。気持ちは分からなくもないけれど、私的には、落ち込んでいる時は明るい曲に頼りたくなる。
ホープブルク宮殿には、美術館と図書館があった。美術館を2時間かけて観た後、世界一美しいと言われるプランクザールの図書館に向かう。図書館はバロック建築の宮廷図書館だった。丸天井の見事なフレスコ画と、その下に聳えるチャールズ6世の像。2階までびっしりと並べられた本。壮麗な館内は、厳粛な静けさに包まれている。
「こりゃあ、別世界だわ」
イダは感動してあちこち歩き回りながら写真を撮っている。コレットとルネは本棚の隠し扉を観に行った。私は一番興味のある、7番台の衣類などの本が並んでいる棚に張り付いて、あれこれと本を手に取って立ち読みした。レアもすぐ近くで、舞踏関係の本を読んでいるらしい。
後ろから、レアの読んでいる分厚い本を覗き込む。
「1年経っても、オーストリア語はよく分からない」
レアが開いたページに目を落としたままつぶやく。
「私なんかまだ3ヶ月だもん。初心者もいいとこだよ」
レアと話すときは、もちろんフランス語だ。言語に慣れることを考えたら家でもオーストリア語を使った方がいいんだろうけど、やっぱり慣れ親しんだ人とは慣れ親しんだ言語で話すのが一番良い。
レアは本を閉じ、そっと書架に戻す。その後で私の方を見て、
「お腹空いたわね」
と言う。まるで昔教会でレモネード売りをしたときに、「休憩にしない?」と言ったときのような口調で。
「何か食べに行く?」
尋ねると、レアは頷く。普段厳しいダイエットを課している彼女は、友人たちがきている間だけはリミッターを外しているらしい。
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