第4話 氷砂糖+ハチミツ+(レモン×Ω)
レモネードを作ろうと言ったのは、私だった。
小学一年生のある日のこと、レアの家で、保護猫たちのお世話をする団体のドキュメンタリーを見た。その団体で寄付を募っているというので、何とかしてお金を集めたいと思い、思いついたのが以前映画で観たレモネード販売だった。
夏休みに入ったばかりの土曜日の午下り、私たちはこれまで貯めたお小遣いを持って、レモンと氷砂糖と蜂蜜を買いに街へ出かけた。蝉の鳴き声が響く、初夏のことだった。
休日のパリは、穏やかに時間が流れていた。
私とレアは、いつものようにどちらからともなく手を繋いで、覚えたての歌を歌いながら歩道を歩いた。
民家の立ち並ぶ一角を過ぎると、石造りの白い大きなアパートメントが立ち並ぶ通りに出る。多くの部屋の鎧戸は開け放たれ、アイアン装飾の手すりの設られたバルコニーには、ラベンダーやペテュニア、ジャスミンなどの花の植えられたプランターが飾られている。
レンガ造りの道の上では、白黒の柄の猫と、コリーらしき犬が追いかけっこをしている。その近くで、2人の中年のマダムが世間話をしている。
「何個買うの? レモン」
レアが尋ねた。
「50個くらい」
私は答えた。
「そんなに持ちきれないよ」
「持てるもん」
「持てないよ。だって、氷砂糖とハチミツも買うんでしょ?」
「……ママに、乗せて来てもらえばよかったね」
「……そうだね」
今更そんなことを言ったところで、手遅れだということは子どもながらに分かっていた。とりあえず手に持てるだけ買おう。行き当たりばったりで決めてから、また歌の続きを歌った。
パリの街は賑わっていた。昔ながらの灰色と白の煉瓦造りのカフェ、赤いオーニングテントの下に並ぶテラス席で談笑する3人の老婦人。隣はパン屋になっていて、5、6人の人が中でパンを見繕っているのが外から見える。歩道の端には、鮮やかな緑の街路樹が並んでいる。
私たちは、パン屋と靴屋に挟まれた小さなスーパーに入った。店長のベルナルドじいさんは頑固で気難しいと評判だが、子どもには優しいので、そんなに嫌いではない。
50個のレモンと大きな氷砂糖の袋、1リットルの蜂蜜の瓶を、カートに乗った買い物カゴいっぱいに入れ、2人でレジまで運ぶ。ベルナルドじいさんは、丸い眼鏡を指で持ち上げて、私たちとカゴの中身を交互に見た。
「レモネードを作るの」
レアが得意げに言うと、ベルナルドじいさんは眉間に皺を寄せた。
「これを家まで運ぶのは、大変だぞ」
じいさんは隣のレジにいた息子のレナードに、私たちを家まで送るようにと言ってくれた。レナードはあからさまに面倒臭そうな顔をしたが、じいさんに急かされて、仕方なく車を準備しに外に出た。私とレアは、「やったね」と言い合ってハイタッチをした。
レナードは、最後まで嫌々の様子で、私たち2人をバンで私の家の前まで送り届けると、気だるそうに車から降り、トランクに積まれていた大きな買い物袋を二つ、玄関まで運んでくれた。
レナードにお礼を言って、家に入る。手を洗ったあと、レモネード作りに着手した。ちょうど近所の集まりから帰ってきた母も一緒に。
レモンを一つ一つ水洗いしたあと、ダイニングテーブルの上にまな板を2枚敷き、母はナイフで、私とレアはスライサーでその黄色い果実を輪切りにする。レアと私は、その役割を交代でやった。
その後、果実酒用の大きな瓶に輪切りのレモンと氷砂糖とハチミツを入れ、いっぱいになるまで水を注いで蓋を閉じる。果実酒の瓶は、全部で5個出来上がった。
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