第3話 サプライズ
デパートで、部屋の飾り付けに使うオーナメントやクラッカー、ドリンクやつまみ、料理に使う食材などを購入したあと、スウィーツショップに向かい、予約しておいたケーキを受け取る。普段甘いものを控えている彼女のために、糖質オフのケーキを用意した。
家に着くなり、サプライズパーティーの準備が始まる。脚立を使ってリビングからダイニングまでを飾り付け、部屋の電気を消し、それぞれテーブルの下やソファの影などに隠れて主役の帰りを待つ。私は隠れ場所にキッチンのシンクの後ろを選んだ。午後6時。もうそろそろ、レアが帰って来るはずだ。
レアの車の音がする。間も無く、地面を叩くヒールの音も。
ガチャリ。
玄関のドアが開く。
「あれ? 何か真っ暗なんだけど……マノン? いないの?」
レアの怪訝そうな声と、廊下を歩く足音が近くなる。リビングに来たレアの手が壁の電気のスイッチを押し、明かりが灯る。
「サプラーイズ!!」
ソファの裏からルネとコレットが、ダイニングテーブルの下からルネが、キッチンのシンクの裏から私が顔を出し、クラッカーの紐を引く。風船の弾けるような音とともに、ピンクやオレンジ、青などのカラフルな紐が小さな三角のコーンから飛び出す。
最初、レアは目を丸くし、口に手を当て呆然としていたが、間もなくその顔に満面の笑みを浮かべた。
ダイニングテーブルの上にはケーキの他に、チキンやマカロニチーズ、エビとアボカドのサラダ、ベーコンとナスのソテーなどが並ぶ。レアはパーティーを企画した私たちに、何度もお礼を言った。
「まさか、みんながこんな素敵なことを考えてくれてたなんて……。感動して泣きそうだわ。本当にありがとう」
レアは滅多に泣かない。幼い頃、ダンス教室のコーチにこっ酷く叱られても、1人だけグッと涙を堪えていた。あまりの厳しさに他の子どもたちが泣き出しても、レアだけは泣かなかった。そんな滅多に泣くことのない彼女の目は、今喜びの涙で潤んでいる。
斜め前の誕生席にいるレアと目が合う。彼女のその青い目が細められる。こんな優しい顔をする彼女は、今日で22歳になった。彼女はいつも、私よりも一年早く歳をとる。
家が近く、高校まで一緒の学校に通っていた私たちは、学校にいる時もそれ以外でもよく一緒に遊んだものだった。彼女が一年早く卒業してしまった後は、いつも寂しかった。学校じゃなくても会えるのに。
イダが、グラスに注がれたシャンパンを一人一人に配る。
「乾杯!!」
皆の声が重なって、グラスのぶつかる音が響く。5人でこうして会うのは、実に半年ぶりだ。あの結婚式ボイコット事件のあと、私たちは定期的に皆で集まって他愛のない話をし合っていた。離れた今もこうして、このメンバーで集まれることが嬉しい。
「このソテー、美味しいわ。誰が作ったの?」
レアの問いかけに、他の3人の人差し指が一斉に私に向けられる。やっぱりね、と従姉は笑う。彼女が家に遊びに来た時、私が作る料理の味見役はいつもレアだった。
「イダ、何さっきからチラチラ見てんの? 怖いんだけど」
向かいに座るルネが、隣のイダに不審な目を向ける。普段冷静なイダは心なしか狼狽した様子で、
「……何でも」
と答えて、マカロニチーズを口に運ぶ。
「イダはルネのことが好きなんだって」
わざと囁き声で冷やかしてみせると、動揺したのか、イダは激しく咽せながら拳で胸を叩き、シャンパンを喉に流し込んだ。
「いいんじゃない? 2人お似合いだし」
レアも笑顔で冷やかす。
「確かに」
隣のコレットは、真顔で頷いている。
「やめてよ、そういうの」
ルネは少し照れた様子で、皿の上のエビとアボカドをフォークで刺す。一方のイダは否定も肯定もせず、いつも真っ白な顔を真っ赤にして、無言で料理を頬張っている。そうすることで、この場を何とか凌ごうとしているのだろうか。
こうして並んでいるのを見ると、2人はとても良く溶け合っている。この2人が結婚したら、良い家庭が築けそうだ。
そうこうしているうちに、お待ちかねのケーキタイムに突入する。私とコレットが運んできたケーキの蝋燭にルネが火を灯し、皆でハッピーバースデーを合唱する。途中、ルネがゴスペル風にアレンジして歌うものだから、レアは腹を抱えて笑っていた。
「マノン、クリームついてる」
レアの右手の中指が、私の唇の端についた生クリームをそっと掬う。恋人同士みたい、とコレットが笑う。レアは軽くコレットを睨む。
もしもーー。
もしもレアに恋人ができたら、寂しいだろうな。これまで、そんな想像を何度もした。レアに幸せになって欲しい。だけど、いつまでも私との時間の中にいて欲しい気もする。本心はどっちなんだろう。多分、どっちも。
パーティーのあと、レアの部屋に集まって、お互いのファーストキスの話になった。
「近所の犬と……5歳の時に」
そんな告白をしたイダに、
「それはキスのうちに入らんでしょ」
とルネが突っ込み、コレットが噴き出す。
「マノンはいつ? 誰と?」
コレットの問いかけに、私は困惑してレアの方を見た。レアはテーブルに散りばめられたジェリービーンズの一つを手にとるように、何気なく言った。
「マノンのファーストキスは、私なんだ」
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