え………この長蛇の列を???

神白ジュン

 なんか今日に限って人多すぎでは?

 閻魔には三分以内にやらなければならないことがあった。

 

 それは、目の前にずらりと並ぶ死者を捌き切ることであった。今日中にはこの場にある者たちを裁かねば、明日にはまた新しい死者が入ってきてしまうため、どうしても裁き切らねばならなかった。


 焦っていた。時計の針は十七時五十七分を指しており、閻魔の本来の退勤時間まで、あと三分しかない。かといって残業するわけには行かない。今日は楽しみにしていたドラマの特番があるのだから。録画機器?そんなものは無い。


 そうこう考えているうちにも時間は進む。本来ならば一人一人閻魔帳と真実を映す鏡に映し出された映像を元に裁きを下す必要があるのだが、もうなりふり構ってはいられない。帳簿をいちいちめくっていては日が暮れてしまう。


 そこで閻魔は役人たちに命令し、死者たちを手早く鏡の前に立たせ、その結果を元に裁きを下すことにした。だが一人一人にそんな時間をかけてはいられない。


 「三秒だ。一人当たり三秒でいい。裁きが必要な者たちを鏡の前に立たせ続けろ」

 思いもよらない閻魔の号令に、その場にいた役人はもちろん裁きを待つ死者たちも驚きの声と表情を隠せなかった。


 けれども役人たちは流石というか優秀な人物ばかりであったため、爆速で誘導は始まり、裁きは開始された。


 ────ここまで既に三十秒が経過していた。


 鏡はその人物の真の姿を露わにする──つまりこれで生前の行いを丸裸にするのだが、三秒ごときで全て分かるはずがなかった。冒頭の数ページだけ読んで本一冊の内容を丸々理解できるはずがないのだ。


 けれども閻魔にとってもはやそれは問題ではなった。今大切なのは時間だ、時間がない。もはや裁きを下すことは適当になりつつあった。閻魔以外の誰もがあんな風に裁いてしまって良いのだろうか、と思っていたが、この地獄では誰も逆らうことは出来やしない。


 しかも、高速で「お前は天国行き!」「お前は地獄行き!」なんて言い続けるものだから、閻魔の口も徐々に羅列が回らなくなってきていて、思わず笑ってしまいそうになる役人もいた。けれど、自分の首が物理的に飛んでしまうので、皆精一杯堪えていた。


 ────気づけば二分半が経過していた。裁きを待つ者の数は、まだまだ大勢いた。


 閻魔は大いに焦った。だが次の瞬間、とんでもないことを思いついてしまった。

 


 「死者たちよ!今いる列から思い思いに右か左に飛べ!!」

 しかし閻魔以外のその場にいる誰もが、その意図を最初は理解できなかった。


 「ぐずぐずするな!早く選べ!!」

 動こうとしない死者たちに痺れを切らし、怒号を上げる閻魔。その顔は憤怒ではあったものの、内心は大いに焦っていた。

 その顔に恐れをなしたのか、すぐに死者たちは行動に移した。


 ────既に二分四十五秒が経過していた。


 閻魔は、大きく息を吸って、叫んだ。

 「ワシから向かって右に居る者は天国行き!!左にいる者は地獄行きじゃ!!」

 

 それを聞いた裁きを受けた死者たちは呆気に取られ、役人たちは頭を抱えた。だが残念ながらここは地獄。閻魔であればこのような横暴、容易く許されてしまう。


 ────二分五十五秒が経過していた。


 「ではワシは帰る!!後は頼んだ!!」

 近くにいた司書官に閻魔帳と笏を投げつけ、光の速さで閻魔は帰路に着いた。閻魔が去った後、死者たちはもちろん、役人たちが大いに嘆いたのは言うまでもない。

 


 






 「…………さぁて、先週からずっと楽しみにしていた特番じゃ!!この日のために仕事を頑張ったと言っても過言ではないからな!」

 閻魔はウキウキで自室に戻り、テレビの電源をつけた。数秒して画面がついたが、どうやら今はCMが流れているようだった。


 「OPは間に合わなかったか……だが仕方ない、本編を見れれば問題ない!」



 だが、CM明けに始まったのは、全く身に覚えのない番組だった。

 

 おかしいと思った閻魔は番組表をすぐに調べた。





 「………あ…………特番…………明日じゃったか…………」




 日付を間違えていた事に気づいた閻魔は、大急ぎで広場へ戻り、日付が変わるまでかけて、一人一人しっかり裁き直したという。

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え………この長蛇の列を??? 神白ジュン @kamisiroj

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