第三十四集 断章
この年の
人々の願いを託された
新年最初の
集う人々の熱気はあれど、雪の
毛皮と
灯籠で飾りつけられた茶坊の前では、
「
「三姉上」
「
駆け寄った
「動いていれば、そんなに寒くないわ」
「嘘おっしゃい。こんなに頬を冷たくして」
手炉で温めた手を伸ばして
「ずっと外に立っているのでしょう。ちゃんと温かくしないと。少しこれを持っていて」
「三姉上が寒いのではないの?」
「わたくしは外套の内側にも毛皮を縫いつけているし、手炉もあるから大丈夫よ」
そこへ、遅れてのんびりと歩いていた二兄夫妻が追いついた。
「今日は生姜湯を配っているのか」
「たくさん作ったから、みんなも飲んでいって。
湯気の立つ生姜湯をひと口飲むと、すぐに体の中心から熱が広がった。ほのかな辛みと甘みが喉を
寒空の下でありながら指先まで熱が巡っていくのを感じながら、
二兄たちも飲み終わるのを待ち、
「わたくしたちはそろそろ行くわね。忙しいのに邪魔をしたら悪いし。父上たちが先に
竹杯を受けとって、
「ありがとう。襟巻きは明日返すわね」
「いつでもいいわ。風邪をひかないようにね。頑張って」
四妹に手を振り、
京城の中心を走る
大きさばかりでなく精巧な職人技にも感嘆として大灯籠を眺め、また灯籠に書かれた
その鳳凰を背景に舞台が組み上げられ、そこで朝廷お抱えの
「二兄上、今の見――」
感動を共有しようと
慌てて首を巡らせて周囲を見回すが、押し合いへし合いして絶えず行き交う人々の中に、知っている顔を見つけられない。二兄夫妻とは茶坊からここまでずっと一緒に歩いてきたはずなのだが、
そういえば、以前にも似たことがあった。そのときには
またしても一人ではぐれてしまったものの、
灯籠の下に夜店がひしめくように並ぶのは祭日には恒例の景色だが、元宵節の夜にはさらに、流しの大道芸人がとりわけ多く
複数本の刀を自在に投げて操る曲芸をハラハラと眺め、真っ赤な火を噴く芸に驚かされる。飛び跳ねる獅子舞の向こうで子供たちを夢中にさせているのは、鮮やかな衣を着た
表通りから裏通りにいたるまで賑わいの絶えない元宵節の京城を、
天灯を売る屋台を見つけ、蓮の絵が描かれたものを迷わず一つ買った。天灯の屋台の横には机と墨筆が用意されていて、この場で願いが書けるようになっている。
平らに潰した天灯を机に置き、
最後の一文字というところで、急に手元に影が落ちた。
「なぜ性懲りもなく一人で歩き回る」
「婚約者がちゃんと見ていてくれるから一人ではないわ」
「…………」
「
面食らった顔をする
意外にも、
興味津々で
「真似したわね」
「なにか問題か?」
「作家のくせに」
「こういう文章は単純なほどいい」
「ふぅん……いいわ。飛ばしに行きましょう」
悪びれない
天灯を飛ばせる開けた場所を求めて二人は
「
天灯は、逆さまの袋状になるよう薄紙を貼り合わせて作られている。下を向いた口の部分に火を灯すことで、熱せられた空気の上昇する力によって飛び上がるのだ。
天灯の中の空気が十分に熱くなるのを待っているときだった。河辺から見える橋の上を疾走する人物が、
人混みを押し分けて走るその人物は、
雪の寒空の下にもかかわらず、
走り去った
世子の姿が見えなくなったので、
共に天灯を支えている
二人は同時に、天灯から手を放した。
――『霜葉紅』を、
――『霜葉紅』を、
筆跡が違う以外は名前が入れ替わっているだけの二つの願いが、雪に負けることなく天高くのぼっていく。
その輝きが空に浮かぶ無数の光の一つになるのを、
そっと、隣から肩を抱き寄せられた。
『霜葉紅』の主人公は
それを
もはやどれが自分たちのものか分からなくなった天灯の群れを
急な
「やめてったら。人のいるところで」
「考えていたのだが――」
耳元でそう呟いてから、
前置きから長い間を置いて、
「婚礼を、来月にするのはどうだろうか――
霜葉の季節に彼からの申し出を受けたものの、具体的な輿入れの時期はまだ決めていなかった。家中で、嫡男である
『霜葉紅』の作者が考えて提案してきているのだから、間違いあるまい。
「とびきり鮮やかな衣裳を、急いで準備しなくてはね」
「だから、気が早いったら」
「そんなことはない。自制はしている」
絶対に嘘だと
彼が心を注ぐ物語にすっかり取り込まれた以上は、もう逃れる
諦めの心地と、惜しみない愛情表現へのときめきとで、胸の中心からじわりと広がる温かさが
冷たい雪が優しい
そんな季節に真紅の婚礼衣装を着られるのならば、これほど『霜葉紅』の読者冥利に尽きることはないのだから。
物語改変は許しません ―転生悪女は花より紅なり― 完
物語改変は許しません ― 転生悪女は花より紅なり ― 入鹿 なつ @IrukaNatsu
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