第三十三集 紅於 二
「あなたのこと、嫌いなわけではないのよ。今までは、お互いに向かいたい場所が逆方向だっただけ。それに最後には、あなたは自分の理想を犠牲にして、わたくしの生きる道を作ってくれた。もう、対立する理由がないわ」
「本当は今でも、本来あるべき霜葉紅に未練があるのでしょう。それなのに……ありがとう。わたくしを生かしてくれて」
しばらく、
「感謝をされると、返す言葉に困る」
「君が本来の
「今のわたしたちがいる霜葉紅では、これが正しい形なのだろう――君は生きるべきだ」
指先の触れ方が優しくて、
「わたくしたち、やっと演技でなく、本当の
「知己で満足なのか」
間髪入れず、
「命は長らえたとはいえ、君の立場はいまだ危うい。今の
どうにか足もとを固める方法を探さねばと
「なにが言いたいの?」
「わたしなら、君の後ろ盾になれる」
被せ気味に言われ、
「わたしは二男だから家を継ぐ必要はないし、親ともほとんど絶縁状態だ。
「……まるで、求婚されているような気がするわ」
「嫌か?」
「冗談でしょう?」
「
確かに、彼が皮肉を言うことはあっても、冗談を言うのは聞いたことがない。
「
「なんと言っていた?」
顔を覆った指の間から、
「……
ふ、と笑いの吐息を
「見る目がある。さすがは主人公だな」
「いきなり過程を飛ばし過ぎではないの?」
「家によっては、親同士だけで話をまとめて婚礼の日に初対面ということも珍しくない。それよりはましだろう」
「告白のひとつもないまま求婚されても信用できないわ」
自分ばかりが狼狽えているのが癪で、
「甘いのがお好みか?」
そう耳元で囁かれたときには、
「この八年、わたしがどれだけ君を見ていたと思う」
囁きに
「わたくしを見張っていたことくらい、分かっているわ」
強がる
「確かに元々は監視のためだったが……いつからか、目が勝手に君を追うようになっていた。こんなにも自分の行動と感情の抑制がきかないのは、初めてだ」
「わたしを些細なことで一喜一憂させるのも、
なんて台詞を吐くのか、と。
うっかりしていた。彼の中には、女性支持の厚い純愛小説を生み出した人物がいるのだ。
常に冷静沈着な選り抜き武官・
しかしそれを嫌だと思う感情を、
ふと、
そのことに気づくと、
目の前の胸をそっと両手で押して、
「いいのね、本当に。後悔しても知らないわよ」
「君を救った時点で、それを問う段階は過ぎた」
「
「妻を何人も置くような面倒はわたしもごめんだ。正妻だけでいい」
「わたくしは庶子だし蓄財もなくなってしまったから、
「心底どうでもいいな。だが君がどうしても惨めな気持ちになると言うのなら、
「それなら――わたくしの命をあなたに預けるわ」
間近にある
「では、わたしの生涯を君に差し出そう」
口づけられていると理解した瞬間、
下唇を数度
「りっ、
「
怒るつもりで喚いた
「長いつき合いだ。そろそろ
姓を
しかし
いきなり口づけたことを思い切り叱りつけるつもりが、出鼻を挫かれて
「図に乗らないで……
うなじを押さえていた
「わたしがいる限り、
はたして、彼がらしくなく浮かれているだけなのか、普段は表に出ない本性なのか。
断られないと確信している眼差しを見詰め返していると、後者であると思えてくる。
拒絶する気はなくても素直に頷くのは違う気がして考えあぐねる内に、
「わたくしの目を見て好きだと言えたら、いい――」
「好きだ」
最後まで言い終わる前に、
呼吸まで絡めとられて酩酊したような心地になり、
『
この世界を生み出した
彼の紡ぎ出す物語ならば、必ずや
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