第三十二集 紅於 一
後日、
茶賊と通じた罪については
驚いたことに、審理の証人としていつもの
最低でも杖刑は
加えて
多数の官吏が処罰されることとなった一連の茶密売に関わる案件は、まだ一部の審理が残ってはいるものの、表向きにはおおむね決着がついたことになる。
相変わらず
生き生きと立ち働く
優雅と言うには少しばかり騒々しい中でなお味の変わらぬ茶と菓子に舌鼓を打っていると、途中で
果物の蜜煮を咀嚼していた
「
問いかけた
すぐに
外廊に面した裏庭は、燃え立つような
今の
給仕が往来する外廊から裏庭に降りてみて、
秋の裏庭には、喧噪の
そうした穏やかなざわめきは、普段の霜葉茶坊に流れているものに近く思われ、鼓膜と気持ちを安らげる。
「
「騒がしいのは落ち着かない?」
下から覗き込むように
「なんの用だ」
「どうしても、聞いておきたいことがあって」
最初の問いを
「今回の茶密売の件、本当にこれで解決なの?」
「納得いかないか?」
「だって、
期待を込めた眼差しで
「ネタバレはしかねる」
「読者は大人しく待っていろということ?」
問いを重ねて、
「そう思ってくれていい。いずれ分かることではあるが、機密にも関わるので今はおいそれとは口にできない。皇城司であっても手出ししがたい、あまりに厄介な相手だ」
「わたくしは死ななかったたけれど、霜葉紅の物語はまだ繋がっているのね」
染み入るような感慨を覚えて、
目の前では楓の
不意に、
「確かに物語は問題なく繋がっているように見えるが、
「そもそもかなり以前から、とっくに物語はわずかずつ軌道を変えていた。
物語の外側から見た作品のありさまを、それを読む者の目を、
気づいてしまうと、途端に罪悪感が胸を侵食し始める。
「もっとも、どれも物語の内側にいては分からないことだから、ここで気にするだけ無駄だ」
言い切ると同時に
けれどその揺らがない瞳の奥に透ける感情が、
「無駄だって言いながら、気にしている言い方よね。それなのにどうして、わたくしを助けたの?」
「
「でも、あなたの霜葉紅ではわたくしは死ぬべきだったのでしょう?
「…………」
ふつりと、
なにか迷っていると分かる長い沈黙を経て、
「……手紙を、書いただろう」
「手紙? あなたが、わたくしに?」
「違う。君が、わたしに」
「いつの話をしているの? わたくしがあなたに手紙を書いた記憶はないのだけれど」
心当たりを探して、
「
なぜ分からない、とでも言いたげな苛立ちが
つかの間、
「あ、あれを、読んだの!」
「わたし宛てなら、当然読むだろう」
「そ、それはそうだけど……全部、読んだの?」
しどろもどろになって、
「君が書いたもの全部を読めているかは分からないが、遡って数えればおそらく数十通は――」
「数十通!」
叫びは悲鳴じみた甲高さになった。
「わたくし、そんなに出していたの?」
こちらを見る
「……覚えていないのか?」
「いつも思い立った勢いで書いていたから、数なんて数えてない」
かつての自分のおこないを、
「わたくし、なんて書いていた? おかしなこと、書いてなかったわよね? 作者に覚えられてたなんて、そんなつもりではなくて……わたくし、そんなに?」
恐る恐る、
好きが高じてのこととはいえ、いち読者としてあまりに度が過ぎたことをしでかしていやしないかと不安が膨らむ――
「おかしな内容かどうかはわたしには判断がつかないが、一番の推しは
「やめて! 言わないで!」
今度は
「違う、違うの! いえ、違ってないけれど、それはあなたではなくて――」
言いわけじみた言葉を並べながら、
口を塞がれた
彼は重ねて押しつけられた
「分かっている。君の言いたいことが理解できないほど、わたしは馬鹿ではない。わたしはただ、そうした君の手紙に救われたと言いたかっただけだ」
ゆっくりと話す
覆いのなくなった
「わたしは君に、心を救われた。だから、今度はわたしが救いたいと思った。それに――君とこうして話すのは、案外と心地がいい」
そう言った
先ほどまでとはまた違った頬の
「ずっとわたくしを殺そうとしていたくせに、よくそんな台詞が吐けたものね」
「君がわたしを嫌うのを否定はしない。そういう扱いをしてきたのはわたしだ。君がもう関わりたくないと考えるのなら、大人しく距離をとる」
抑えた声音で言って、
目を逸らされた瞬間、
なぜ彼は、そんなに簡単に自ら身を引くようなことを言えるのか。
もう一度こちらへ気を引くために、
「わたくしの考えを、勝手に決めつけないで」
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