第二十九集 刑場
小窓から牢獄に差し込んだ秋の朝焼けは、淡い紅色をしていた。冷たく素っ気ない石壁が、この時間だけは明るく染め上げられる。その鮮やかな紅の色彩を、
なんて、牢獄に不似合いな色だろう。
もっと深紅に近ければ、霜で
今、牢獄に差している色は、厳冬を乗り越えた春の花に似た淡紅だ。乗り越えられる見込みのない厳しい現実に向き合わねばならない状況において、
連想で、
日が高くなり、朝焼けの色が褪せたころ、朝食が運ばれてきた。低い卓に置かれた料理に、
投獄されて何日が過ぎたか。これまでに出された食事といえば、薄い
ところが今、目の前に出されたのは、焼きたての湯気を立てる円形の
昨日までの食事を思えば、肉料理というだけで明らかに豪華だと言っていい。そのことに、
きっとこれが、最後の食事だ。
指先が震えるのをこらえながら、
口を動かす間、涙が止まらず、食事の味はまるで分からなかった。
次に
「立て」
居丈高に命じられるまま
外は抜けるような青空だった。薄暗い牢獄に慣れた目が秋晴れの陽光で
軋みをあげて出発した馬車は側門から皇城を出て、人通りの絶えぬ
馬車の歩みは荒っぽく、揺れがひどかった。往来する人々の好奇の目は気になるが、
これからどこへ連れて行かれるのかは見当がついているので、抵抗する気はない。それにしても、護送馬車の乗り心地には閉口するばかりだ。
京城内をひと回りした護送馬車は、思った通り、
興奮気味に噂話に花を咲かせる民衆を押し分け、
広場の奥にはすでに、
左右に長い
「これなる罪臣たちは茶賊と結託して密貿易をおこない、税を横領し不当に私腹を肥やした。民の労と財を奪うに等しいその罪は重く、許されざるなり。よって法に照らし、極刑に処して戒めとする」
大理官が椅子に座ると、罪人の一人が刑場へと引き出された。群集の喧噪がいよいよ興奮の色を帯びてくる。丸太のごとき腕をした死刑執行人が、大刀を担いで罪人の横に立った。大刀の峰には鉄の輪がいくつも連ねられ、重量が足されている。
どうやら順番に斬首されるようだ、と。妙に冷静に、
本来の『
この世界が、
正午の太鼓が鳴った。大理官が机上に置かれた木板の
反射的に、
一瞬前まで、死の覚悟さえできてしまえば意外と平気なものだと思っていた。それは間違っていた。
やはり死は怖い。ずっと逃げ続けてきた死の運命が、ついに
血に興奮する民衆の声と、
目は閉じていられても、縛られていては耳はふさぐことができない。わめき声がぷつりと途切れる瞬間が一番、
突然、両側から腕をつかまれた。
武官によって刑場の中央まで引きずり出された。跪いた膝先に、先に斬首された者の血が染みる。罪状の板が背から引き抜かれ、前屈みの体勢に押さえつけられる。血だまりに映った自分の顔と目が合った。
大刀の鉄輪がじゃらりと鳴るのが聞こえて、
「待て!」
誰かの叫ぶ声と同時に鋭い金属音が鳴り響いた。直後、引っ張り上げられるように
胴を力強い腕で支えられるのを感じ、恐る恐る薄目を開く。間近に
恐怖で強張った
交差する刀剣を睨んでいた
「なんとか間に合ったな」
驚愕のあまり
「
「何者だ! 誰が通した!」
大理官がわめく。振り向こうとした
走ったせいであがった息と、傾いた幞頭を軽く整えてから、
「
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