第二十二集 侍女
食欲はなかった。一応は箸を伸ばしてみても、口に運ぶ気になれない。とり皿の上で、青菜を食べるでなく無為につつき回す。
やがて飽いて、もう片づけさせようと
二兄の侍女も気づいて、すぐに二人へ歩み寄っていった。軽く咎める声のあと、二言三言だけやりとりをして下女はさがっていく。
「なにかあったの?」
言葉でも尋ねると、侍女は軽く首を横に振った。
「大したことではございませんので、お気になさらず」
「気にして欲しくないのなら、わたくしから見えないところで話すように言っておいて。それで、なにがあったの?」
「……
侍女が言い終わる前に
「
雪柳閣を飛び出したところで焦って呼び止める声がしたが、
衣の裾を持ち上げて
息をのむ
「やめて!」
叫びながら、全身で庇うように
「三娘子っ」
「二兄上。
三妹の乱入に
「
「分かっているわ、そんなこと」
嫡男である
けれど、いくら序列があると言えども二兄が
「侍女の問題は主人の問題でしょう? 侍女の監督ができていないということなら、罰をうけるべきはわたくしだわ」
「三娘子!」
いきり立つ
「駄目です、三娘子。すべて、わたしが勝手にしたことで、罰をうけるのは当然の――」
「それはわたくしが判断することよ。あなたがなにをしたか、わたくしはまだ聞いていないわ」
主人を庇おうとする
「二兄上、わたくしだって
三妹にまったく引く気がないのだと分かると、
「分かった。ただし、今この場ですべて済ませなさい。
「感謝します、二兄上」
「……申しわけありません」
涙と一緒に吐き出すように、
「申しわけありません、三娘子……わたしは、ずっと嘘をついていました」
「分かっているから、泣かないで。あなたがなにをしたか、わたくしに聞かせて」
ぐずぐずと
「大公子は見つかっていないと、言っていましたが……本当は捜し始めて、一年ほどで見つけていました。でもそのときには、大公子は
政府専売品を私販する茶賊や塩賊と関係を持つことは重罪だ。
ならば正直にそれを伝えればよかったものを、情報を遮断して遠ざける選択を彼女はした。
強い批難の感情が湧き、泣きたいのはこちらだと
「三娘子を裏切りたかったわけではないんです。ただ、大公子に会わせたくなくて」
急に早口になって
「関わるべきでないと思ったのに、どうして大兄上と行き来を続けていたの?」
「……三娘子を絶対に巻き込まない約束で、大公子に従っていました。逆らったら、約束はなしだと言われて。だから全部、言われた通りにしていたのに……なのに、なにも知らせずに
勢いよく、
「三娘子は、大公子と――あの男と関わっては駄目なんです。あんな男と、関わるべきじゃなかったのに……あんな悪党が約束を守るなんて信じた、わたしが馬鹿だったんです」
また
「申しわけありません、三娘子……申しわけありません」
泣きながら許しを請う
衝動のままにすべてを投げ出せたら、どんなに楽か。『
不意によぎったその考えを、
「分かった。もう分かったわ。でも、それなら
嗚咽していた
「それは……知りません」
今度こそ完全に感情が動きを止めたのを、
歳下の侍女は、淀みなく繰り返す。
「四娘子のことは、わたしは知りません」
この侍女は、この
静止した感情が、急速に温度を下げていく。体温まで、みるみる低くなっていくようだった。
「……そう」
ごく短く返事をして、
「打って」
「処罰の途中だったでしょう。続けて。最後まで」
家僕は戸惑いげに、黙っている
長台に近づいた家僕が、板を振り上げる。肉を打つ音と、侍女の悲鳴が同時にあがった。
目の前の光景に心動かされることなく、
「満足したか」
「はい……失礼します」
もっとも信頼していた者に、裏切られた。容赦をするつもりはなかった。
この世界がどうあっても
たとえ汚名を着ようと、生き延びれば勝ちだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます