第十四集 七夕
乙女たちが女神・
けれど
節句を祝う綾絹と灯籠で通りという通りが飾りつけられた
夜店で足を止めつつ行き交う男女は皆、色鮮やかに装って運命の相手を求め、あるいは愛する者と寄り添い歩いている。
その間隙に、
紫蘇熟水を求める人の列が途切れるまで少し待ってから、
「
振り返った
「二兄上、三姉上。
異母の兄姉妹それぞれに、
今にもどこかへ走っていってしまいそうな末妹の肩を押さえた
「ずいぶんと繁盛しているようだな」
二兄の評価する通り、茶坊の前に並べられた椅子は満席だった。座り切れず近くに立ってたむろする人々も皆、紫蘇熟水で満たされた椀を持って喉を潤している。椀は
はにかむような表情をして、
「そうなの。あんなに焼いた巧果はもう売り切れてしまって、紫蘇熟水もこれが最後のひと瓶」
「それならいい時にきたのね。わたくしも一杯貰うわ」
「三姉上からお代は貰えないわ。巧果を作るのも手伝わせちゃったし」
「手伝った分の巧果はもう貰ったわ。妹に
「ありがとう、三姉上。それじゃあ、少し多めに入れておくわね」
「兄上、兎の飴があるわ」
「兎?」
「こら、
「
紫蘇熟水の爽やかな風味を味わいつつ
「父上も
「
そうした二人の会話へ割り込むように、茶坊から出てきた
「四娘子。あとはわたしに任せて、三娘子と夜店を見てきなさいな」
「でも、これから片づけが――」
「
「
「よかった、まだここにいて」
驚いて呼び返した
「
世子の笑顔を真っ直ぐに向けられて、
「ごめんなさい、世子。紫蘇熟水はもう全部売れてしまって――」
「それはいいんだ。茶坊へ来れば、いつでも飲める」
「間に合ってよかったと言ったのは、
そのさまを横目に見た
「わたくしは二兄上たちのところへ行くわ。
「あ、三姉上」
呼び止める声に気づかぬ振りをして、
幻想的な灯籠の光の効果でより輝いて見える品々に目移りしながら、
末妹の言っていた兎の飴はこれに違いないと見当をつけ、辺りを見回す。しかし見える範囲に、二兄と末妹の姿は見つけられなかった。
しばらく周辺を歩いてみても人混みの中に二人の姿は見当たらず、
かと言って、せっかくの
河はすでに多くの水上浮で彩られていた。誰かの願いを乗せた蝋の
どうかこの命を永らえて、『
願いを込めて、水上浮がゆっくり流れていくのを見届ける。河下へ目線をやったところで、繁華街からやや外れた対岸の河辺に組まれた、楼が視界に入った。
五彩の綾絹と灯籠で飾り立てられた楼は
それは、
そのとき、間近で声がした。
「夜間の一人歩きは感心しない」
虚を
「いいことでしょう? あなたは、わたくしに死んで欲しくてたまらないのだから」
「そこまで人でなしではないつもりだが……君には同じことか」
呆れたような吐息まじりの言い方が癪に障り、
「皇城司の任務中ではないの」
「京城の治安維持も、皇城司の職掌の内だ」
「ふうん……」
乞巧楼の上では、
「
遠目にも、
やがて
「霜葉紅で、
ぽつりと、
「境遇に劣等感を抱えていた
しゃがんだまま話している内に、
あわや河に落ちるかと思われた
転ぶまいとして反射的に彼の胴へ縋りついた拍子に黒衣の胸に鼻がぶつかり、
一連の動作で、
気にしたことのなかった彼との体格差を意識してしまうと、
「……ありがとう」
「気をつけろ」
お礼に対する返事は簡潔だったが、冷淡には聞こえなかった。
動揺をなだめるために、
落ち着きをとり戻した
「わたくしは、霜葉紅が大好きよ。だから、物語を守ろうとするあなたの気持ちが、分からないわけではないの。でも……死ぬのは嫌」
「
名を呼び、彼の静謐な黒の瞳を真っ直ぐに見据える。
「死なないわよ、わたくしは」
静かに、
河のせせらぎが耳につく沈黙のあと、
「夢想するだけなら自由だ」
いつも通りの冷めた声音で言ってから、彼は再び
「
剣ダコのある公子の手の平を、
繁華街の光も喧噪も、まだまだ衰えるようすはない。このまま帰るのは少々惜しい。
「その前に少しだけ、舟遊びにつき合わない?」
これまで動かなかった
「……飲酒はなしだ」
返答に満足して、
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